【雑談】メモばかりとるのはやめてください!
私は、踊れない人です。
高校生のとき、体育の時間で、「創作ダンス」なるものを披露しなければならなければなりませんでした。
同じチームの人たちが口にする、「見たら大体できる、っていうか、ノリ?」とは程遠いところにいた私は、センスの良い同級生がつくった4分弱の振り付けが、全く頭に入りませんでした。
めちゃくちゃに足を引っ張っていた自覚があったので、彼女たちが踊る映像を撮らせてもらい、自宅で練習することにしました。
これが、全く頭に入らない。
動画の左右と鏡の前に立つ自分の左右に混乱し、繰り返し動画を見ましたが、振り付けはふわふわしたまま頭をすり抜けていくばかりでした。
まずい。
非常にまずい。
しかし、恥をかくわけにはいかない。
ふと、机の上にあったノートが目に入りました。
書いてみる?
動画を見ながら、ひとつひとつの所作を文字に起こしました。
ラシドのラで、右足と右腕を半歩、右斜め45°の方向に出す、
そのまま次のチャンでバンザイする・・・
A4ノートが見開きでびっちり埋まるほどの量になりました。
それをそらで言えるほど丸暗記して初めて、私の身体は動いたのです。
大学生になり、カフェでアルバイトを始めました。
飲食系のアルバイトはどれもそうだと思いますが、オープン作業やクローズ作業、ドリンクづくり、掃除など、お店のサービスを構成する細かなお仕事のひとつひとつは、大体の場合、「動き」の集合体です。
「まずは見ていてね。要点をメモするといいよ。」
先輩のアルバイトが、オープン作業をする様子を横にぴっちりついて見ていました。
電気のスイッチの場所、機械の電源の位置、のぼりやメニューのしまってある場所、今度はそれをかけるところ、フードの下ごしらえ、多種多様なキッチンツールの細かな配置・・・
「見ていろ」という言葉通り、私はその方の動作ひとつひとつを見ていました。
「要点をメモしろ」という言葉通り、要所要所で、「これは右に」と言われたら「〇〇は右」、「この丸いのはたてる」と言われたら「丸は立てる」と書きました。
「明日はひとりでやってもらうからね。」
「かしこまりました!」
そんな会話を交わしました。たぶん大丈夫、できるなあ。そう思いました。
家に帰り、張り切って、予習をすることにしました。
自分のメモを見て、「あれれ?」と思いました。
「丸はたてる」
お世辞にも綺麗とは言えない文字で、メモ帳の端っこに、殴り書きしてありました。
「丸」ってなんだっけ?丸いのって何かあったっけ?そもそも、どんな文脈で言われたんだっけ?
先輩の脇でずっと、その動作をビデオを撮るように見つめていたのに、私の頭に映像データは残っていませんでした。
もっと言えば、映像データはある、だけれど、そのファイルにアクセスできない、そういう感覚でした。
私に残されているのは、自分の記した幾つかの文字だけ。
その文字を足掛かりに、想像力を働かせるほかありませんでした。
翌日、自分のメモが成功している部分については、うまく仕事をすることができました。
書いた文字を理解できなかった部分は、頭から吹き飛んでいました。
もう一度見せられてやっと、「ああ、そういえば」と思い出しました。
もう失敗しない!
今度は文章で、動作のひとつひとつをずらずらと書き殴り始めました。
その様子を見て、ベテランのおばちゃんアルバイターにこう言われました。
「あなた、メモばかりとるのはやめなさい!もっと『見て』覚えなさい!」
私の脳みそは、ほっとくと何でもかんでも、ずらずら文字を書き連ねることでアウトプットしようとします。
インプットも、文字情報であればあるほど、処理しやすいです。
私はいつも大量にメモをとらないと、あらゆることを忘却してしまいます。
言葉がないと、世界から置いていかれるのです。
ことばを通してしか、世界を理解することができない。
それってけっこう、悲しいことなのかもしれません。
言葉になる前の世界ってどんなんなんだろう?
見てみたいなあと思いつつ、今日も図書館に足が向く。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?