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土壌炭素変化量の算定:データ精度改善と同じくらい重要なこと

先進国ではほぼすべての国が把握できているのに、開発途上国では3割程度しか把握できていないものは何でしょうか?

答えは、国当たりの土壌炭素変化量です。土壌炭素変化量は、各国が国連に提出する国の総排出量を取りまとめた国家温室効果ガス(GHG)インベントリに含まれていますが、残念ながら推計、報告できる国が限られているのが現状です。今月、国連食糧農業機関(FAO)と、私たち地球環境戦略研究機関(IGES)による共同調査報告書が発表されました。調査には世界80か国のGHGインベントリの専門家らが回答を寄せました。今回はその内容をご紹介します。

土壌炭素変化量の推計がなぜ重要なのか?

パリ協定ではこのGHGインベントリをもとに、各国の削減目標の進捗を測ることとなっています。言い換えると、GHGインベントリに含まれていない排出源は、各国政府のGHG管理の対象に含まれていない可能性がかなりあります。ところが、土壌は、実は植生よりも3倍も多く炭素を蓄積しており、適切に管理すれば気候変動対策として大きな効果が期待できるのです。2015年、COP21においてフランス政府が立ち上げを主導した土壌炭素に関する国際イニシアティブ「4 per 1000」(フォー・パー・ミル)は、「もし世界の土壌炭素を0.4%増加させることができたなら、その蓄積量は毎年大気に放出されるCO2をほぼ相殺するに匹敵するものだ」と指摘しているほどです。さらに、土壌炭素の増加は、土壌の肥沃度の向上につながり、食糧生産性のアップにも寄与する、まさに気候と食糧問題のwin-winとも言えるアプローチです。進めない手はありません。

なぜ土壌炭素変化量の算定は難しいのか?

なぜ、土壌炭素変化量の算定が、とりわけ途上国で遅れているのでしょうか? まず、GHGインベントリ作りそのものが容易ではないことが挙げられます。国連のもと、各国がGHGインベントリを作成し始めたのは今からもう30年も前、国連気候変動枠組条約が策定された1992年まで遡ります。以降、各国は気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が取りまとめるIPCCインベントリ・ガイドラインに則り、GHGインベントリの報告を定期的に行っています。

しかし、エネルギー分野などと比較して、自然資源管理を含めたAFOLU分野(農業、林業及びその他の土地利用)のGHGインベントリの算定は複雑で、十分な精度を持つ算定を行うのが難しいのです。特に、森林減少が進む途上国では同分野の排出・吸収量が国全体の排出量に占める割合が大きく、正確な算定がとりわけ重要でもあるにもかかわらず、実際には算定に必要なデータが不足しています。この30年間、途上国も含めた各国は、インベントリの作成と精度改善のための努力を続けてきました。日本を含めた先進国による継続的な支援もあり、樹木などの植生バイオマスの算定は途上国でも着実に改善されてきています。ところが、今回のFAOとIGESとの調査では、目に見えない土壌炭素となると、まだまだ算定の実現に向けた道のりは遠いことがわかりました。

土壌炭素に特有の難しさもあります。同調査では、GHGインベントリにおいて土壌炭素変化量を算定、報告をできた国・機関は、インベントリ作成のために新たに土壌に関するデータを収集、開発していたことがわかりました。土壌炭素変化量の算定には、土壌に含まれる炭素量、土地利用変化時(例:森林→農地)の影響を表わす変化係数、気候、土地の管理方法、施肥量など、植生バイオマスと比較しても実に多くのデータが必要とされます。IPCCガイドラインは、各国がこれらについて固有のデータを持っていない場合に代替利用できるデフォルトのデータも一部公開しています。ところが、これらのデフォルト・データでは自国の状況を適切に反映できるかどうかわからないとの事情もあり、今回の調査ではこれらのIPCCのデータのみに頼るのではなく、各国自らがデータ収集・開発を行っている実態が見えました。新たにデータ収集・開発ができないから算定・報告が遅れている、と言い換えることもできるかもしれません。

データ精度改善と同じくらい重要なこと

追加的なデータ収集・開発にあたり途上国にかかる負荷を最小限に抑えながら、各国政府が効力のある対策を講じるために必要な情報を得られる仕組み作りが求められます。FAOとは、下表の通り、提案を取りまとめました。

表:GHGインベントリにおける土壌炭素の算定・報告強化に向けた提案(同報告書より仮訳)

追加的なデータ収集に頼らない新たなIPCC算定方法の検討は可能か、途上国向けにデータを収集・共有するシステムの構築を国際的にどう進めるか、土壌研究者を育成し、かつGHGインベントリ作成に関与してもらうにはどうするかなど、算定精度を皆で改善していこうという提案です。

最新のIPCCによる第6次評価報告書気候変動対策が待ったなしの状態であることを示しました。正確なGHGインベントリを求めるとともに、政府も含めた様々な状況にある主体が必要な情報を入手できるようにすることが重要です。一方で、こうした努力は非常に重要ながら、仮にGHGインベントリが整備できなくても、土壌炭素管理を通じた気候変動対策を政策担当者が学び知る機会を増やすことが、今後より重要になってくると私は考えています。

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「もっと知りたい世界の森林最前線」では、地球環境戦略研究機関(IGES)研究員が、森林に関わる日本の皆さんに知っていただきたい世界のニュースや論文などを紹介します。(このマガジンの詳細はこちら)。
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文責:梅宮 知佐 IGES気候変動とエネルギー/生物多様性と森林領域 リサーチマネージャー(プロフィール

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