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空と生きる

実家の、自分の部屋の窓から見える空が好きだった。

窓際に敷いたふとんに膝をついて立ち、
両手で頬杖をつきながら外を眺めると、
すごく気持ちが落ち着いた。

その窓は西側にあったから朝陽は入ってこなかったけど、
眩しいのが苦手な自分にとっては、
薄暗い朝が心地よかった。


昼には日光に邪魔されずに青い空と白い雲を眺められる。

田舎だから空が広くて、
そんな心を洗われるような青空を見る度にここに産まれてよかったと、
冗談抜きに思った。


夕方になると西日が何にも遮られることなく流れ込んで、
部屋がオレンジ色に染まる。

そんな部屋の中で、
陽が沈むまでぼーっとしてるのが大好きだった。
たまにそのまま暗くなっても電気をつけずにぽけーっとしていて、
母親の晩ごはん完成の報せで目を覚ますこともしばしば。


夜には夜の楽しみがある。
目の前の道路に立つ街灯の青緑色の光が、
そっと部屋に入ってくる。

月の綺麗な夜は、
白くて明るい月光が部屋を照らす。
風に揺れるカーテンに合わせて形を変える枕元の光を見守りながら眠った。

雪の降る夜には、
より一層青白いその景色を楽しむために電気を消した。
暗闇の中、
窓の前で深夜まで一人で酒を飲んだこともあった。

星がよく見える夜は、
カーテンを開けて、
なんなら窓も開けて、
ふとんに寝っ転がりながら空を見た。

自慢じゃないけど、
その窓を横いっぱいに使って飛んだ、
本当に映画みたいな流れ星を見たことがある。

冬の早朝の夜が一番綺麗に星が見えるんじゃないかと思って、
午前3時にアラームをかけたこともある。
起きてすぐに窓を開けた瞬間に一気に入ってきた空気が、
無数の氷の槍が顔に刺さったみたいに冷たかった。


書きながら色々なことを思い出して、
今となってはどんだけ暇なんだよって思うけど、
そんなバカなことをしていた自分がいてよかったと思う。

おかげで空が大好きになった。

見上げれば必ず広がっているのに、
一度として同じ表情をしていることはない。

空を見るのが本当に好きだ。


それなのに、
都内に住み始めてからよく俯いていることに気がついた。

悩み事が多いからか、
スマホを見る癖がついたからか、
自然と視線が下がってしまう。

他から見た自分は、
もしかしたら縮こまって見えているかもしれない。


それに気がついたのは、
季節は忘れてしまったけど、
休日の夕方、
近所のSEIYUに買い出しに行った時。

空がピンクと紫と赤が混ざったみたいな色をしていて、
その場の人たちがみんな上を向いていた。


それに釣られて空を見上げた時、
すごく久しぶりの感覚に襲われてハッとした。

その時まで随分と長い間、
空を見ることを、
自分が空を見るのが好きだっていうことを忘れていた。


なんだかすごく寂しくなって、
その場で立ち止まって首が痛くなるまで空を見続けてやった。


それから外を歩くときには、
地面よりも空を見ることを意識するようになった。

不思議なもので、
視線を上に向けるだけで気持ちも上向きになる。
少しだけ気持ちが落ち着く。

この空も、
あの窓から見える空と繋がっているからかもしれない。


空と生きる。