2018年ラモトリギンの副作用で血球貪食症候群を発症した体験談

血球貪食症候群という病気をご存知でしょうか?

血液の細胞を食べて血球減少を生じる危篤な疾患。

簡単に言うと血液が血液を食べて体の中から血液を消してしまう病気です。血がなくなると生きられません。発見や処置が遅ければあっという間に体を滅ぼし、命を落としてしまう恐ろしい病気です。なかなか知られていない病気の様です。

そんな血球貪食症候群になった原因は、
ラモトリギン(ラミクタール)の副作用でした。
ラモトリギンは主に心療内科で処方される双極性障害の気分を安定させるお薬です。
私は生理前の体調不良(PMS)からこの薬が処方されました。
PMS・・・月経前症候群

重大な副作用がある薬だということを知っていただけたらと思いこちらに書かせて頂きました。もちろんラミクタールで症状が改善される方もいるのでこの薬を否定はしません。


~初期症状~
10月12日(金)
ラモトリギン(ラミクタール)が処方される。

10月16日(火)
睡眠時、右手を上げて踊りだしたり歌いだしたり異常な行動が一度あり。

10月19日(金)
夕方頃から体調不良。気になる症状は次の4つ
・体の節々が痛い。風邪をひく前触れの様
・節々の痛みは2時間程度で治まった
・その日の夜になっても熱は出ていない      
・その他の不調
はなし。

10月20日(土)
夕方頃に38.3℃の熱が出る。
解熱剤と一緒にラモトリギンも服用。

10月21日(日)
熱が37℃台に下がったり、高熱が出たりの繰り返し。

10月22日(月)
AM4時起床。昨晩よりひどい。体を起こす事が出来ず寒気・熱は38.2℃。熱以外の何かが体を滅ぼしていく様な圧がありました。
上手く表現出来ないのですが、
イメージとしては名探偵コナンに出てくる工藤新一が幼児化する時の苦しさと同じ様な感覚です。
(分かりにくいですかね(^_^;)汗)             

一日の中で熱が上がったり下がったりの繰り返し。    
夕方以降からは、今までの自分からは想像が出来ないぐらいのハイテンションが30分程続きました。その後、ものすごい脱力感や疲労感があり熱も高くなりました。この症状が副作用によるものなのかは分かりませんが、薬で体や脳が破壊されていっている状態だったのかもしれません。

この日はお台場で仕事のイベントがあり午前中から外出をしていました。
仕事休んだら悪いな。休みたい。って言いにくいな。と思っていましたが、

この日を境に、具合の悪い日は仕事に行かない!と決意しました。
皆さんも体調不良の時は決して無理はしないでほしいなと思います。


帰宅途中の東京駅で2時間トイレにこもり、
トイレに座っていられないぐらい体に力が入らなくなってきました。
ついに地べたに座り、スマホの操作も出来なくなるほど力が入らない。
それまではただの風邪かと思っていましたが、この時やっと自分の体が異常だと確信しました。

これ以上は危険だと思い、
個室の扉を開け、通りがかりの方に助けて頂きました。
東京の小金井市に住んでいるという情報しかないのですが、駅員さんを呼んでくださったり、ストールをかけて頂いたり、落ち着かせてくれたりと本当にありがとうございました。


22時過ぎ・・・銀座の病院に搬送
体中にじんましんのような斑点が沢山出てきました。痒さはありません。医師に言われるまで気づきませんでした。
熱は40℃あり、点滴・血液検査・インフルエンザ検査をしました。

「風疹にかなり似ているが風疹とはちょっと違う斑点。それよりも血液の状態が異常な程の数値だ」と医師に言われました。

点滴が終わるまではおう吐・悪寒を繰り返していましたが、点滴が終わると急に元気になり、歩いたり一人でトイレにも行けるほどに。

深夜2時に帰宅。

明け方6時 10月23日(火)
急に目が覚めるとまた高熱。体も起き上がる事が出来ない。

かかりつけの病院に状況を話したところ、総合病院に行って検査をした方がいいとのこと。

総合病院到着後、足に力が入らず歩けなくなり、車いすに乗るも数分で座っている事もできなくなり…床に座り壁にもたれかかっているとすぐに看護師さん達が来てくれました。

~診察開始~

この時、診察してくださった医師が、
薬の副作用による血球貪食症候群だと早期に判断してくださった命の恩人の医師の一人です。

当日の検査内容は、
血液検査・インフルエンザ検査・CT検査・尿検査だったはず。(あまり覚えてません(^_^;))

そのまま入院。
一晩中とにかく苦しい。熱は39℃。
食事もしていないのに吐き続けました。

体中の赤い斑点と、唇の腫れと切れている写真を下記に載せます。
※見たくない方もいらっしゃるかと思いますので、「シャーーツ」っと写真をスクロールして次の文章に飛んで頂けたらと思います。

画像1

画像2



翌日、10月24日(水)
風疹8割・残りの2割が他の病気の可能性が考えられると医師から言われました。(血球貪食症候群とはまだ私含め家族にも告げられませんでした。何が原因かを特定するまでは病名は告知してはいけないのですかね。詳しくは分かりませんが・・・)

もしも、残りの2割の他の病気(血球貪食症候群)だった場合、気付いた時に治療を始めても手遅れだとのこと・・・
この2割の可能性も十分にあると考えて、風疹と血球貪食症候群の両方の治療が始まりました。

治療はチーム構成となっていて一人の医師が治療するのではなく、1つのチームで治療にあたって頂けました。

*骨髄穿刺検査(こつずいせんしけんさ)
⇒病名がはっきり確定がなく血液に異常が認められた際に骨髄に病変があると考えられる場合(結核などの感染症)に骨髄検査が行われる様です。

検査は病室のベットの上で出来るので手術ではなく10分程で終わると説明も受けました。
腰辺りに麻酔をして骨に針の様なものを指して骨の髄液を採取したようです。
この時も吐き続けていたり、寝たり起きたりを繰り返していたので当時の記憶はあまりないのですが、6人ぐらいの医師や看護士が、病室にいたのを覚えています。
検査の結果、異常はありませんでした!

副作用による血球貪食症候群だと確定されるまでは、感染を疑われていました。
その為、「海外に行っていないか。」「動物に触れてないか」この日に何回も聞かれた記憶があります。どちらも考えられる行動はありませんでした。

10月25日(木)
一時、38度に熱が下がった時がありました。
体温を計る前、
「熱なさそう。体が起こせる。もう平気かも。」と看護師さんに言いましたが、「そんなはずない!」と言われ熱を計ると38℃。
「ずっと熱が高いから、1度下がっただけで体が軽く感じてるだけだよ。」と返されました(^_^;)
意識がもうろうとしてるとはいえ、慣れって恐ろしいですね。

この日、人生初の輸血。

血球貧食症候群は、血液が血液を食べてしまう病気。
血液が体からどんどん消えていくので輸血が必要です。
献血の重要さ大切さ、体を張って体感することができました。献血で血液を分けて頂きましてありがとうございました。

輸血をする前に同意書にサインをした記憶を最後に、その後記憶がない。
ほぼ寝ていたらしい……。

輸血が原因ではなく、病気に耐える力がだんだんと無くなっていたのかもしれません。

ーーーーーー夢を見た。

暗いところに自分がいる。
左前方に明るい光。
そこにはゴールドに光る草が広がっている。
自分がいるところと、明るい光のある間には川の様な水が流れている。
誰かがボートに乗って明るい光の方に向かって消えた。
2人の人影がゴールドの草の上に現れた。
男性とおばぁさんらしき人。
知り合いだ。
数年前に亡くなった私のおじいちゃんと、ひいばぁちゃん。
2人は何か話し合っている様子。
2人とも互いに向かい合い、首を左右に振っている。

おじいちゃん達の所に行こうと歩き始めようかとした時、右側から何かが聞こえる。
誰かが私の名前を叫んでる。
3回目で声のする方を振り返る。

ーーーーーー目が覚めた。

目が覚めると私の肩をバシバシ?叩きながら名前を叫んでる看護師さんがいた。
ベットの回りには数人の医者や看護師さん達。

今のは夢か?

そのあとなのか、また別の時間なのか記憶が曖昧ですが、
医師が「今、意識しっかりしてる?大事な話するけど、僕の話してる事理解出来る?」
「うん」
と返事をした。
「今、この苦しめている病気、恐らくこの病気かなというのは分かってる。でもまだ確信がない。だから今必死で助かる方法を探してるから、絶対に負けないで!」
とすごい目力で、私の両手を握っている。

「あぁ~。あの夢は三途の川で、自分は助からないのか~」と思いながら、医師の目を見る。
医師はもう一度さっきと同じ言葉を繰り返し私に負けないでと言っている。

「死んじゃうの?」
私の言葉に医師は目を揺らがす事もなく、

「今、懸命に助かる方法を探してる。僕ら一生懸命頑張ってるから絶対に気を落とさないで。負けないで。」
の様な事を繰り返し言われました。(意識がモウロウとしていてハッキリとは覚えていません)
「分かった」
と言ってそのあとは記憶がありません。

また眠ってしまったのかと思います。

あとで見せてもらったこの日の検査数値がこちら、
フェリチン→11440.0(通常数値は3.8~123.1台)

桁が全然違う!!

血球貪食症候群になると、フェリチンの数値が異常なほどになるようです。

この日、母は主治医に呼ばれ、こう告げられたようです。

「覚悟してください」と……。

三途の川の夢は、夢ではなかったのかもしれないですね…。

本当に三途の川に行っていたのかもしれません。

この日までは、ラモトリギンを服用していましたが、医療チームと心療内科の先生が相談の上、ラモトリギンを服用しなくなりました。

国内で、過去にラモトリギンの副作用で血球貪食症候群を発症した事例があったようです。これでハッキリとラモトリギンによる血球貪食症候群だと確定。

10月28日(土)
ラモトリギンの服用を止めて3日程経ち、血液の数値が少しずつ回復してきました。

フェリチン・・・9390.0です!
3日前は11440.0でしたので、だいぶ下がりました。

10月31日(水)
お昼ぐらいにふっと目が覚めると、父母が病室に入ってきました。
「ハロウイーンのケーキ買ってきたよ」と母。
「ハロウイーン?今日31日なの?」
寝たり起きたり繰り返していたようなので今日が何日なのか分かりませんでした。

起き上がろうとするも、1週間ベットに横になっていたので自力で起き上がれない。父と母に体を起こしてもらった。

!!!尿タンクがついてる!いつの間に・・・

この数日まったく記憶がない。

少しハロウイーンのケーキを食べました。病院内でハロウイーンコンサートがあると院内放送が流れたので行ってみることに。

看護師さんには大丈夫なの?と心配されましたが、「歩きたい」と言って父母と3人で音楽を聴きに行きました。

1時間ぐらいなら点滴を外してもよいとのことで点滴を外してもらい、コンサートホールのある1階までゆっくり歩きました。

久しぶりに歩いた。

歩いている間、患者さんやお見舞いに来ている人、通院している人とすれ違った。久しぶりに人を感じる気がした。すれ違いざまにぶつからないように人が私を避ける。自分も人を避ける。その行動が「自分は生きているんだ。他人から私が見えているんだ。私の存在があるんだ。」と生きていると感じました。

コンサートの音楽を聴いて涙が出た。

当たり前だと思っていた、
日常が、自分の体が、
薬の副作用で生死をさまようとは。

運がよいことに後遺症もなく、日に日に血液の数値も正常値に戻ってきました。

体の発疹はラモトリギンを服用しなくなったあとから段々と消えていき、唇の腫れや傷も回復しました。

唯一、体の皮膚が弱っていたこと。
体中の皮膚が乾燥していて粉を吹いていました。

この時の写真がこちら⇒

画像3


体中に保湿クリームを塗って過ごしていましたが、退院してからも1カ月は皮膚が元に戻りませんでした。

血球貪食症候群が原因なのかは分からないとのことです。

入院中の食事はおかゆを食べるのが精一杯だったけど、白米を食べられるまで回復し、食欲旺盛になり足りないぐらいに(笑)

~18日間の入院後、無事に退院~

今回、命が助かったのは、すぐに入院が出来たこと。

医師が1人ではなく、チーム制で治療にあたってくれたこと。

風疹8割、残りの2割が血球貪食症候群の可能性があると判断された際に、その残りの2割の可能性かもしれないと想定して治療して頂いたこと。

三途の川を渡りかけた時に、看護師さんが私の肩を必死にバシバシ叩いて現実に戻してくれたこと(#^.^#)

病気になったのはツラかったですが、
治療が始まってからはタイミングや運が良かったのかもしれません。

退院して気づいたことは、
今まで全く食べなかった、漬け物を好んで食べるようになりました!
輸血して食の好みが変わったのかな(笑)

薬の副作用で病気になり入院治療を必要となった場合、医療費が給付される制度が、『副作用被害救済制度』です。
詳細は『副作用被害救済制度』で検索してご覧いただけたらと思います。

自分がかかった病気を文章にしていくのは、
当時を思い出してしまいなかなか書けずにいました。

病気になったのはツラかったですが、
今、生きていられて普通に生活出来る奇跡を感じています。

医師や看護士の皆様。
懸命に治療してくださり、助けて頂きまして、
本当にありがとうございました!


長い文章を読んで頂きましてありがとうございました!



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?