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振り幅の広い短編集

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1ページ完結の短編をまとめました。
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#ホラー

短編小説_少女は白線に迫る。#月刊撚り糸

短編小説_少女は白線に迫る。#月刊撚り糸

 吉野さんが赤信号の横断歩道をずいずい渡っていく。

 斜め後ろで声をかけるか迷っていたわたしは呆然と彼の背中を見送るしかなかった。そのせいで青信号を見送ったことも終電を逃したことも言えなかったし、それがきっかけであなたに恋をしましたとも、もちろん言えなかった。

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「吉野さんっていかにも真面目で仕事人間で、とっつきにくい感じでしょ。

だから髪をぼさぼさにしてヨレヨレのシャツ着せたら絶対周り

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幸か不幸か【ショートホラー】

幸か不幸か【ショートホラー】

言われてみれば、確かにずっと左の肩が重かったの。

でもあたし、デスクワークだし、インドア派だし、オタクだし。スマホとPCを見てる時間が大半だから、そのせいだと思ってたの。

それがついこの間、同僚の紹介で知り合った変な女の人がね、言うの。「左肩、ついてますよ」って。

ゴミでもついてたかと思って右手で軽く払ってみたら、その人、急に泣き出して「辛かったね、つらかったねぇ」って両腕ごとあたしのことを

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透明になったFくんと見つからない25巻のこと

透明になったFくんと見つからない25巻のこと

※ホラー短編です。あまり明るい内容ではないので、気分の優れない方はご注意ください。

✳︎✳︎✳︎

静かすぎると、どこからともなく金属を撫でるような音が聞こえてくるよね。

Fくんは言った。

四畳半の手狭な部屋は、ぼくとFくんが寛ぐと足の踏み場もなくなってしまう。くたびれたクッションに乗せた腰は、伸ばすとギリギリと音を立ててしなった。

乱雑に積まれた漫画の塔は今にも崩れそうで、触れないように

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【短編】売れない画家の青

【短編】売れない画家の青

両の手に鮮やかな原色の絵の具をぶちまけた姿は、さながらエイリアンのようだと時折思う。特に指先から甲にまで流れ落ちた彩度の高い緑は、地球外生命体の血液のようで気色が悪かった。絵を描いていると精神的にも不安定になりやすいので、幾度も鬱々とした気分を繰り返す。なんとも因果な職業だ。

それでも生業に選んだのは、幼い頃の記憶が今でも色濃く残っているせいだろう。共働きの両親が休日出勤のときは大抵祖母の家でお

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暗闇は時に恐ろしく、時に優しく背中を撫でる

暗闇は時に恐ろしく、時に優しく背中を撫でる

完全な暗闇というものを、どれだけの人が体験したことがあるだろうか。

完全な暗闇とは、その名の通り一筋の光すらも断絶された、完全無欠、それでいて四面楚歌な空間のことである。

言葉で言うのは簡単だが、それを作り出すのは決して容易ではない。その証拠に今、あなたは「目が慣れる暗闇」と言うものばかりを想像しているだろうが、それは見当違いだ。

完全な暗闇という奴には、目が慣れるという中途半端な救済措置を

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