あなたが喋り下手なのは方言の影響かも?『ものの言いかた西東』は言語と発想の深い関係を教えてくれる本だよ!
ずいぶん前の本ですが、面白い本ですのでご紹介します。
現代の私たちが「日本語」と呼んでいる、いわゆる標準語は近代国家建設時に決められ教育され身に着けてきたものです。そして、私たちはこの国には確かに唯一の「日本語」が存在し、全国どこへ行っても一様なコミュニケーションが取れると信じています。一方、各地域には標準語とは異なる言い回しや単語があり、方言と呼ばれています。関西弁とか東北弁とか九州弁とか…。各地域独特の言葉ですが、あくまでそれらは「日本語」のバリエーションのひとつに過ぎず、イントネーションは異なりますが単語を入れ替えれば共通のコミュニケーションが可能だと捉えられています。
今回ご紹介する『ものの言いかた西東』(澤村美幸,小林隆,岩波新書,2014年8月20日,第1刷)という本は、方言が単なる単語の違いにとどまらず、方言の違いがそれを話す人々の考え方、発想法、振る舞いの違いに関係していることを指摘しています。つまり、単語を入れ替えれば同じコミュニケーションが成立するという程度の違いではなく、どのようなコミュニケーションをとるかという発想方法までも規定し差別化している可能性があるというのです。
皆さんは、大阪の人たちがユーモアに富む会話や値切り交渉を好むイメージをお持ちではないでしょうか。そして、東北地方の人たちが素朴で実直な会話をするイメージも。もちろん、ユーモアを好むか静かなコミュニケーションを好むかは個人によって異なる個性です。大阪の人のすべてが値切り交渉をするとは限りませんし、おしゃべりな東北人もいます。安易な決めつけは慎重に避けなければいけません。しかし、本書では確かに地域ごとにそういった違いが存在することが示され、各方言のものの言い回しや語彙が地域ごとに好まれるコミュニケーション方式に合致する形で発達していることが提示されています。
お店に入った時に最初に口に出す言葉や、何かを貸してもらったときに口に出す言葉、場面ごとの定型表現の有無、自分の気持ちの表現方法、オブラートに包んだ言い方、会話参加者同士で会話を作る作法…。
本書の中で著者は、様々な場面で、各地域の人々がどのような言葉を使ったり会話にどのような言葉を選ぶかを7つの類型に分けて整理しています。それらの類型について、近畿地方、関東地方、九州地方などの地域ごとに比較すると、4つの地域グループに分けられ、その4つのグループ間ではいわばコミュニケーションの仕方や言葉の選び方が異なることがわかったということです。そういったコミュニケーションの仕方が各地域で異なるということは、人間関係の取り結び方も異なるということでもあります。そう、他者とのつながり方や距離の取り方についての常識が異なるということです。もしかしたら、おしゃべりや無口は個性だけでなく、方言の影響もあるのかもしれないというわけです。
それでは、どうしてこのような地域差があるのでしょうか?本書ではそのことについても謎解きを試みています。詳しくは実際にお読みいただくこととしますが、ごく簡単に言うと、それは単に言語単独でなく歴史・文化・社会環境が影響して発達してきたものだというのが著者の考えです。それぞれの地域ごとに異なる社会的背景が方言を形づくり、その方言が人々のコミュニケーションにおける発想方法や振る舞いを決めているというのです。
言葉やコミュニケーション、ものの言いかたは、つい外国語と比較しがちですが、日本国内でも一様ではなく地域差が存在するという視点は新鮮です。コミュニケーションにすれ違いが起こるのは個性の違いだけでなく地域による発想法の違いに原因がある場合も多そうです。このような研究が深まり、地域差についての認識がもっと一般に広まれば、無用な摩擦も避けられるとの著者の指摘にはうなずけます。「あいつはぶっきらぼうだ」とか「あいつはお喋り過ぎる」とか「普通はあんな言い方はしないものなのに、私のことが嫌いなの?」というすれ違いは、もしかしたら方言の違いが生じさせているものかもしれないのです。近代化以後、私たちは全国どこへ行っても同じコミュニケーションを取ることができると錯覚してしまっていますが、それは誤りである可能性が示されたのは驚きであると同時に非常に面白いことです。日本国内にさえ、こんなにも深くて多様な日本語やコミュニケーション、人間関係が存在するのです。
私たちの言葉は過去の社会や歴史を反映しており、現在の私たちのコミュニケーションにも影響を与え続けています。それぞれの地域の言葉を知ることは、地域史・地域社会を知ることでもあります。そしてコミュニケーションの地域差を知ってそれをお互いに尊重して相手に接することは、相手を尊重することでもあり、同時に相手の地域の歴史・文化に敬意を示すことでもあります。そんなコミュニケーションが取れるようになったら清々しいと思いませんか?
いかがでしょうか。方言が単なる標準語の分家ではなく、とても深く各地域の人々の内面に染み込み、頭の中の発想法を規定し、人間関係のあり方を左右するほど影響力の強い言葉だと知ることのできる一冊です。とても面白くて価値ある本ですので、ぜひ一度読んでみて下さい。
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