「空」から神宮球場のとなりの空き地を見てみよう。
くもみの相方の名前はくも九郎、じゃなかった気がします。
前回までのまとめ
新宿三丁目で開催されている『わんだふるぷりきゅあ!』のポップアップショップを見に行こう、とささづかまとめに提案したたかやまさん。しかし集合場所はなぜか明治神宮外苑。思うところがあるイチョウ並木や第二球場を眺めつつ、明治公園を通って国立競技場に向かったのでした。
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本文です
堅あげポテトをふたりでかりかりやりながら、国立競技場の階段を上がっていく。景色が少しずつ広がってきた。眼下には千駄ケ谷の地味な街並み、その中に黄色い建物。建物の屋上の看板には「ラーメンの店 ホープ軒」と書かれている。
ささづかまとめ
「あのラーメン屋さん、すごく目立ちますね」
たかやまさん
「食べに行ってみる?」
数段先を軽やかに歩いている白いコンバースが立ち止まってこちらを向く。普段は見下ろすことのほうが多い黄金色の頭を見上げる。空色がかった瞳を輝かせて、たかやまさんは言った。ごはんの話をするときだけはいつも楽しそう。
たかやまさん
「量少なくなったし、薄味だけど、おいしいはおいしい」
ささづかまとめ
「おすすめじゃないんですか?」
わたしの質問にたかやまさんはわずかに唸りながら考えて、言う。
たかやまさん
「そうだね。そこまでじゃない。でもここの名物だからそれでいい」
なるほど。地方で旅行していると出会うタイプの有名なお店とか、おみやげとかと同じような存在感なのか。
ささづかまとめ
「気になったのも縁ですし、あとで行ってみましょうか」
もうすぐお昼だし、ちょうどいいだろう。
たかやまさん
「うん! さーさちゃんとラーメン、いいね!」
たかやまさんは子どもみたいにはしゃぎながら階段を上がっていく。
国立競技場の屋上部分をぐるりと一周できる回廊は「空の杜(そらのもり)」という施設だ。競技場の5階に位置し、眺望のよい回廊の外側にはさまざまな種類の植物が植えられている。ところどころ木製のベンチ(だと思う、楕円形だけど)も置かれて、ぼんやりするにはよさそうなところだ。
ささづかまとめ
「渋谷駅の周りのビルは余裕で見えますね」
たかやまさん
「どれがヒカリエ?」
渋谷ヒカリエをこちらの方角から見ることがないのでちょっと難しい。渋谷駅側から見れば一目瞭然のデザインなのだが。
ささづかまとめ
「たぶん、あの一番高いビルと、白い模様のビルの間の地味なビルがヒカリエだと思いますね」
たかやまさん
「へー。あと、あの高いビルの屋上の切り欠きが気になる」
切り欠きって。なかなか使わない言葉だ。
ささづかまとめ
「あそこの屋上は展望台なので、それ関連なんじゃないでしょうか」
たかやまさん
「あそこに人が上るんだ…、オープンエアに見えるけど」
ささづかまとめ
「風吹いたりするとすごく怖そうですね」
あんな超高層ビルの屋上を平気な顔して歩く人々を想像するだけで、つい声がこわばってしまう。わたしたちはふたりそろって高所恐怖なのだ。
たかやまさん
「さーさちゃんは行ってみたい?」
ささづかまとめ
「わたしはどっちでもいいですけど。ちなみにあそこの展望台はスマホとカメラ以外の物の持ち込み厳禁らしいですよ。ガチですよね」
たかやまさん
「もう調べてある、あー」
たかやまさんが声を出しながら首を横に振った。ボブに切り揃えられた髪がふわりと浮く。
ささづかまとめ
「空気の澄んだ秋の終わりのマジックアワーとかに行ったらちょっと感動しちゃいそうですよね?」
たかやまさん
「けっこう行きたいんだ…?」
たかやまさんの表情が曇った。
ささづかまとめ
「いえ、わたしはどっちでもいいんですけど。じゃあ、もし行くってなったときはせっかくですから、いちがやさんを誘いましょう」
たかやまさん
「条件が悪くなってるよ」
たかやまさんは少し青ざめた顔をしてわたしに言った。いちがやさんは高いところが平気、というより、好きな人なのだ。
たかやまさん
「おお、見えたね」
回廊を少し歩くと、すぐに目的のものは見えた。
レンガ色をした外壁とアーチが特徴的な神宮球場の手前に空き地ができている。今まさに重機がことことと動いて作業をしている最中だ。第二球場はきれいになくなっている。
ささづかまとめ
「もうなにもないですね」
たかやまさん
「そこに外野フェンスはあるよ」
たかやまさんが指さす視界の左には緑色の弧。かろうじて残っているが、これは時間の問題だろう。
ささづかまとめ
「ここに秩父宮ラグビー場が移転してくるんですよね?」
たかやまさん
「そう。ラグビー場作って、古いラグビー場壊して、そこに新しい神宮球場作って、今の神宮球場を壊して、そこを広場にして、ようやく終わり。全部終わるのは10年くらい後の話」
ささづかまとめ
「ピクチャーパズルみたいに入れ替えるんですね。でもさすがに、神宮球場がなくなるときは寂しいかもしれませんね」
たかやまさん
「私は別にどうでもいい」
ささづかまとめ
「そうなんですか?」
意外な答えだった。たかやまさんはスワローズの試合を1シーズンに20試合弱観に来ているのだ。思い入れがあるだろうと思ったのだが。
たかやまさん
「うん。神宮球場はもう十分楽しませてもらった感じ。新しいスタジアムで選手たちが今より快適に過ごせて、お客さんが今より観やすくなって、ごはんが今よりおいしくなるなら、そのほうがいい」
ささづかまとめ
「やっぱりごはんが大事なんですね」
たかやまさん
「うん。どうしようもない試合のときにファンのメンタルを支えるのは球場のごはんだから」
ささづかまとめ
「やけ食いじゃないですか」
そうそう、とたかやまさんはうなずく。肯定派だった。
たかやまさん
「好きな選手のサワー飲みながらチキンバスケット食べて、ポッポ焼き食べて、牛たん弁当食べて、つば九郎うどん食べて、チュリトス食べて、サーティワンのアイス食べる。そうすると野球の結果なんてどうでもよくなる」
ささづかまとめ
「うわー。聞いただけで眠たくなってきました」
少なくとも牛タンとチュロスは余計だと思う。
たかやまさん
「そういえば神宮球場に新しいお店ができたみたいでね、今度オープン戦観にいくときに…」
すっかり野球場のごはんで頭の中がいっぱいになっているたかやまさんの横を、老夫婦が静かに通りすぎていく。ずいぶん健脚のようで、あっという間に先のほうへ行ってしまう。
たかやまさん
「聞いてる?」
たかやまさんがぷくっと頬を膨らませている。わざとらしいがかわいい。
ささづかまとめ
「神保町の焼きそば屋さんが神宮球場に出店したんですよね?」
たかやまさん
「おお…。聞いてた。全然違うこと考えてる顔してたのに」
たかやまさんが目をぱちくりさせて驚いている。なんだか今日のたかやまさんは感情表現が豊かな気がする。
ささづかまとめ
「ふふーん、ちゃんと聞いてます。ぐるっと歩きながらおしゃべりしましょうか」
たかやまさん
「うん。3周くらいしてもいいよ?」
ささづかまとめ
「ウォーキングしに来たわけじゃないんですよ?」
たかやまさんは歩きたいのだ。
たかやまさん
「そっか、そうだった。今日は『神宮外苑の再開発をいろんな視点から考える』みたいな回なんだよね?」
ささづかまとめ
「それもちがうんですけどねえ…」
本当にちがうんです。
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