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自分にとってのゆたかさって何だろう?・・・孔子の論語的に考えてみた

10歳でのゆたかさ

 10歳で、に執着する。
裕福でない家庭で育ったのと、3人兄弟の末っ子だったので生存競争に勝つための知恵は働きました。
毎日の魚料理の中で、時折肉料理が夕食ででると嬉しかった物です。

 姉がたまに作ってくれた手作りのおやつも嬉しかったですね。
作ってくれない時はは、それをまねて作って食べたものです。
食べているときは、お腹が満たされて気持が満たされましたね。
ホットケーキはスペシャリストだったかも?

20歳で、初の稼ぎを得た金銭のゆたかさ

 大学生になり、初のアルバイトを経験しました。
始めてもらったバイト代を何に使ったか?

全く覚えていません。
(^^)
 その後、いろんなアルバイトを経験します。
ユースホステル同好会を仲間と立ち上げたため、その後は旅行代につぎ込むことになります。
おかげで、お金を得るだけでなく、それを活かして多くの経験と思い出を得ることができました。


30歳で、自動車を購入・・ステータスとしてのゆたかさ

 物質欲が強い時代に育った私は、への執着心がありました。
30歳になり、始めて自分のお金で車を購入することになります。

 最初の車は、ダイハツ「シャレード」に乗っていました。
これは、私の兄が購入してくれた車です。
(感謝)

 自分で最初に購入した車は、トヨタ「カムリ」になります。
カムリは、一時日本ではなくなりましたが、今は格好よく復活しましたね。

 セダンで乗りやすかったです。
当時の部下などを始終乗せていましたので重宝しました。

 車は、その後、マーク2→ハリア→エスティマ→ノアハイブリッドと乗り継いでいくことになります。
私達昭和の世代は、車ありきですね。
(笑)

40歳で、人の親になる・・・かけがえのない心のゆたかさ

 30代で結婚し、40歳で人の親になりました。
子供をもつというのは、特別な感情ですね。
人間として、一回りも二回りも違ってきて、その後の生き方にも影響を与えられた気がします。

 子供の存在って、大きいですね。
それゆえに、子供がかかわるいろんな事件や事故を見聞きすると胸が痛みます。

50歳で、会社での大きな責任ある地位につく・・責任感があるゆたかさ

 大学卒業後、私は1回転職して、前職の会社で定年を全うしたことになります。
雇用延長はせず、独立・・・

 会社でも責任ある地位につき、会社が所属する協会への窓口としての仕事もこなすことになります。
東日本での一国一城の主ですから、果たすべき役目は多かったです。
責任あることが非常に増えましたが、逆にそのことが精神的なゆたかさにもつながったと思います。
一般社団法人の協会の仕事もこなしたので、利害関係がない交流ができたことも大きいですね。
今の人脈の礎にもなっています。

60歳で、サラリーマンを卒業・・・独立しのパワフルな心技体のゆたかさ

 60歳でサラリーマンとしての生き方を卒業しました。
満員電車の通勤から開放されたことは嬉しいことでしたが、一方で金銭面的には不安定になり、7月のボーナスシーズンにボーナスをもらえない物悲しさはありました。

 毎月確実に振り込まれてくる給料、そして年2回のボーナス、状況によってはそれ以外の特別なものも支給される。
サラリーマンとして終盤は、この安定がベースにあったのでいろんな新しいことにもチャレンジできた。
今思うと、大変ありがたいことですね。

 今後は、更に新しいことにチャレンジしていきながら、更に人間としてのゆたかさを発揮していければと思います。
物質欲から社会的使命欲へ!




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