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今さら行こう。今度こそ行こう。

小学生が、電車で本を読んでいた。ほとんどの大人がスマートフォンの光を眺める中、彼女は足を肩幅に開いて立ち、驚きの安定感でページに目を走らせる。タイトルは『幕末姫』。天面に図書館のスタンプが押されていた。

そんな彼女のランドセルは黒色。上から保護カバーがかけられている。透明なビニール生地に、ベビーピンクや白のインクでシンデレラ城がプリントされたものだった。ランドセルの色を活かした重ね着コーディネート。佇まい全体がかっこよく、スマホ画面に映り込んだ自分の虚無顔を恥じた。

職場に高校生の同僚(アルバイト)がいる。スーパークールな18歳だ。上品で礼儀正しく、地頭がいい。頭の回転が速く、しゃべるスピードも早い。そんな彼が「小児科」でワクチン接種をしたと聞いた時は、あまりにかわいくて思わず笑ってしまった。内科はどこも予約でいっぱいだったため、子どもの特権を活かして小児科で打つ作戦だ。看護師さんたちに、一人で来院したことをふんだんに褒められ、傷口にはハートのシールを貼られたらしい。

彼が今日、バックヤードでYouTubeを観ていた。端的な伝え方になって申し訳ないが、彼は「おもしろ動画とか観なさそうな感じ」の高校生だ。意外に思って見ていると、「僕、選挙初めてなんですよね」と相手が口火を切った。「あっ……?18歳……ああ!」そう、令和の18歳には選挙権がある。彼は動画で各政党の考え方を確認しているところだった。

実はわたしは、しばらく選挙に行っていない。

大学を卒業してからこれまで、ほとんどの間「サービス業」に従事していた。和食屋さんや家電量販店など内容はさまざまだが、とにもかくにも、日曜日は忙しいのだ。日本の選挙は必ず日曜日にある。

サービス業は、働く曜日や時間帯が普通の人とずれている。そのことを、ライブイベントや同窓の集まりにことごとく参加できなかったり、中途半端な時間帯のテレビがいつもつまらなかったりすることなどを通して、毎日突きつけられる。なんなら人気のパン屋さんも閉まっている。

投票の曜日や時間帯もそうだった。期日前投票があることは学生の頃から知っている。利用させていただいたこともある。ただ、自分は「社会」にカウントされていない、はみ出した部分なのだということが、いつもかなしかった。

選挙に行かなかったもう一つの理由は、「どうせ行っても何も変わらないから」だった。与党と(自分の)そりが合わないとはいえ、、野党が公約を実現できる可能性が、あまりに低すぎる。そんなことのために、週に1日の貴重な休みを(飲食店の社員は週休1日がザラ)投票に使えなかった。投票所は、一人暮らしの者にとって足が向きにくい場所でもある。「現住地域の小学校」には、何の用事も、縁もない。

正直にいえば、コロナ禍になって初めて政治と自分のつながりを感じた。自分の口座に「ニュースで見た10万円」が振り込まれた時、「ほ、本当に振り込まれた!私も国民だったんだ!」と思った。いつも自分は、「社会」にカウントされなかったから。

国が全国の学校を突然休みにしたり、酒屋さんに「飲食店にお酒を売らないように」と根回しをしたりしたときは怖かった。「国って、やろうと思えばそんなことまでできるんだ……!」と思った。次こそは選挙に行こうと思った。

離島に住む、とある友人にも影響を受けた。友人は政治への関心が強く、遠くまで講演を聞きに行くこともあった。もちろん、いつも投票しているらしかった。あるとき私がぽろっと、「野党に投票しても、どうせ実現できないからなあ」と言ってしまった。友人はやさしく笑って、ちょっと上の方を見てこう言った。

「Aは嫌だ、と伝えるためにBに投票するというか。AもBも嫌だったらCに投票するとか。選挙はねえ、意見表明なんよね。たしかにCに投票しても、Cが与党になることはないだろうけど、少なくとも“AとBじゃ嫌だ”っていう気持ちを表現することができる。もちろん、投票に行かないってのも意見表明の一つだけどね」

今度こそ選挙に行こう。今さらだけど行こう。あるのかないのかわからないような一票で、私という国民が、何を望んでいるかを表明するために。



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