見出し画像

パン屋日記 #20 坂下先生のコーヒー

愛し尊敬してやまない
年下の先輩がいます。

弱冠23歳の彼女のことを、
最大の敬意を込めて「坂下先生」と
呼んでいます。

坂下先生が淹れてくださるコーヒーは、
とてもおいしい。

わたしがイライラしているとき

坂下先生は黙ってそばに来て、
わたしの仕事を手伝ってくださいます。

わたしが掃除をしていたら掃除を、
レジをしていたらレジを

洗い物をしていたら洗い物を
一緒にやってくださり

「iccaさん。コーヒー、
 カフェラテ、カプチーノ?」
と、何が飲みたいかを尋ねてくださいます。

「カプチーノ」と答えると、

「3杯? 4杯?」
と聞いてくださいます。
これは、お砂糖のことです。

「微糖、2杯」と

直りきっていない機嫌のまま言うと、

本当にちょうどいい甘さの、
こんもりとあたたかいカプチーノが出てきます。

ひと口飲んで
ふー、と息を吐くと

また、
ちょうど良いエンジンの回転数で

仕事ができるようになるのでした。


ある日わたしが、
レストランのラテマシンで

自分用のキャラメルラテを
作ろうとしていた時

パン屋の方のレジが少し混んできたので、
続きを坂下先生にお願いして
ヘルプに向かいました。

マシンのところへ戻ると
ラテができ上がっており

今日は甘めの気分だったので、
黙ってシロップを足して
パン屋に戻りました。

パンをさくさく切っていると、
坂下先生がそおっとこちらの方へ。

(坂下先生)
「iccaさん、キャラメルラテに、
 シロップを入れましたか?」

(わたし)
「あっ、はい、すみません。
 ちょっと甘めがいいなあと思って、
 ワンプッシュ足させていただきました。
 もしかして、シロップをまだ
 入れてなかったとかですか?」

キャラメルラテのレシピは、専用ボトルから
「シロップを2プッシュ」なので

1プッシュだけだと、少し苦いのです。

「iccaさん、
 お伝えしなければならないことが……」

坂下先生が、
うやうやしくおっしゃいました。

「iccaさん、今日は甘めがいいかな、
と思って」

「え?」

「実はシロップは、3プッシュ入れたんです……」

坂下先生の思いやり3プッシュと

わたしが足した1プッシュの
コラボレーションにより

わたしのキャラメルラテには今、

規定の倍量のシロップが
うっとりと溶け込んでいます。

あらためて坂下先生への
尊敬の念を深くしつつ

ひたすらに甘いキャラメルラテを、
苦笑いしながら飲み干すのでした。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?