平成から令和

こんなくだらないタイトルは、それでも一人でも多く誰かに届けばいいなという思いと、たまたまこのタイミングで「平成」=思春期を思い出させてくれたことへの感謝を込めてタイトルにしてみた次第です。

ミレニアムの嫌いな自分は考えないようにしていた。でも考えるきっかけをもらったから、感謝とともに、こういう経験ができない多くの人のためにも自分のためにも書き残そうと思う。
15〜18の匂いは特別。音楽もそう。映像も。ある部分では考えずに、ある部分では必死に考え、そして永久に忘れないことを知らない。そういう意味で怖いもの知らず。それがあの時。
あの音楽を聴けば思い出すもの。それは世代によって違って、その垣根がいつかなんて知らない。匂いが微かになってきたのかもしれない今だから、28辺りで止まったのかも。でもあのまま香り続けるのは勘弁。もう持てない。
今まで一度も、そしてこれからも、自分の意思で生きていこうと思う。生かされているけども、それでも思う。子を授かって有難うが分かって、でも実は子を授かる前に分かって。だから子の存在が意義あることではなくて。世の中って素晴らしい表現者が数多くいる。基央然り、漱石先生然り。他にもいっぱい。でも知らない。でも充分。
それよりもさ、君がやろうと思うこと。それは世界に認められること。100%じゃないかもだけど、それはそれ。誰かの涙の上に無ければ良い。

選択肢の拡充。他人である私たちができる最大限を目指します。

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