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【短編小説】年輪と魔女

冬の凍てつき。校舎の前。皮膚が固まるほどの風。こんな風は、あの頃は吹いていなかった気がする。でもそんな風は、それほど強くないからなのか、私たちの間を上手に通り過ぎる。

そして、彼は語る。

人は何故老いるのだろうね。それでも美しい君ですら、そう悩むことはなかったのだろうに。

私は呟く。

そうだね、貴方の言う通り。私は老いることが恐ろしかった。若き日は魅せていたのよ、蓮が咲く水面に映える容姿も、佇まいも。でも、今はもう私は持っていない。でもね、こう思うのよ。その時の私は、その水面に映る蓮の側に置いてきた。今の私にはシワが増えたかもしれない。でもね、この増えたシワの数ほど多くの幸せを数えているの。

彼は語る。

でも、それでも、僕が知っている君はまだあの世界に存在しているんだ。こうして時を超えて君と出会えた、それだけで十分だって分かっているのに、理解しているのに、僕はそれ以上を求めてしまう。昔、誰かが言っていたよね。-時よ止まれ-って。僕はその言葉の意味を考える。たしか、契約だったんだっけ。

私は呟く。

契約だね、悪魔との。でも老いだけが直接的なテーマではなかったかな。でもね、考えてみてほしい。よく描かれる-老い-は恐ろしいものだよね。不老不死を望む魔女や、魔王も。物語の中で、老いの定義は恐ろしいままだった。たとえ魔女や魔王が倒されても、それは変わらない。

彼は頷く。条件反射にも見えるけど。

うん、そうだね。

私は続ける。

でもね、それは違うのかなって。そう、この歳になって思うようになったのよ。美しさって何かしら…って。青い日々に恋焦がれていたあの妖美さや、艶やかさ、雅なものは、確かに私を満たしてくれた。でもね、それだけでは貴方にこうしてまた出会うことは無かったのよ。貴方はこの皮の垂れた私を見て尚美しいと言ってくれる。それは、貴方が世界を美しく彩ろうとしていたから、そう見えるのだと思うの。きっと…人生における美しさと似通っているのかも。

彼は語る。

そうだね。それに美しさは決して消えてゆくものではない。今の君が美しいのは美しい日々に身を置いたからだ。年輪を重ねた大木ほど、価値が増す。今の君は、あの頃に閉じ込められていた君には無い美しさが滲んでいるよ。僕も、今の君がいるからこそ妖美ではない美しさに出会えた。心から感謝するよ。

私は少し照れるのだけれど、たしかに彼の目に映る色を捉える。決して青くない、しかし、その色は玉虫色にも見える。この色が、今の私が重ねてきたシワの色なのかもしれない。

ねえ、少し寄って欲しい。

私は呟く。

彼は何か感じ取ったのか、口元が緩む。

あの頃はティファニーブルーの空が綺麗だったよね。でも、今はまた違う色が見える。その色に僕が触れてしまうと、また元に戻ってしまうから。

そう言って彼は私に背を向ける。またそうやって、去っていくんだからさ。右手を上げて、左手は照れ隠しだろうね、ポケットに突っ込んでるんだもん。ありがとう、君に出会えたのも、私が重ねた日々が嘘をつかなかったってことかもしれないね。

私はしばし放置していた携帯を見なければいけなかったことを、片手に抱えた食物が嫌でも浮世から引き戻させる。

そっか、私を待っている人がいる。彼は行ってしまったけど。でも彼は待ってくれなかった訳じゃないの。また何処かで会うために、また出て行った。そうでないと、美しさに気付けなかった私を。艶やかに見立ててくれた彼を。今度は私が艶やかであることに気付いてもらわなければいけないの。

こうして彼女はまた一つ、年輪を増やす。

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