いぶき

小説や脚本を書いています。#小説 #脚本

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最近の記事

【短編小説】年輪と魔女

冬の凍てつき。校舎の前。皮膚が固まるほどの風。こんな風は、あの頃は吹いていなかった気がする。でもそんな風は、それほど強くないからなのか、私たちの間を上手に通り過ぎる。 そして、彼は語る。 人は何故老いるのだろうね。それでも美しい君ですら、そう悩むことはなかったのだろうに。 私は呟く。 そうだね、貴方の言う通り。私は老いることが恐ろしかった。若き日は魅せていたのよ、蓮が咲く水面に映える容姿も、佇まいも。でも、今はもう私は持っていない。でもね、こう思うのよ。その時の私は、

    • 【短編小説】『春』

      あれだけ暑かった夏も過ぎ去り、いつの間にか木々も色づき始める。 新卒で入社してから7年。 仕事は慣れてきたような、慣れていないような感じで曖昧。 入社してからは仕事をこなすのがやっとで、四季を感じるのは街路樹の芽吹きや色づきだけ。 そんな毎日から少しずつ解放されたのは良いが、学生時代みたいにただ公園でぼーっと空を眺めることもなく、お気に入りの小説を繰り返し読むこともなくなり、代わりに休日はひたすら部屋で寝るかゲームをしている。 仕事で頭をフルに使い、疲労が溜まっている状態でま

      • 【短編小説】夕暮れの海を眺めて

        17歳最後の日、僕は海に思い出を流した。 行くあての無い僕の思い出は、どこの誰に届くのだろうか。 都会の高校生活は、二年半が過ぎた今でも慣れない。島で育った僕は、父の仕事の関係で東京に引っ越してからというもの、自分というものが分からなくなっていた。島で仲の良かった幼馴染の瑞稀は、そのまま島の高校に進学した。 僕は、彼女のことが好きだった。でも、島で培った彼女との時間は、僕と彼女を恋人という言葉で表すことなど許されないような、密な時間だった。 島で過ごす最後の日、彼女は僕と

        • 【短編小説】螺旋

          静かに燃えゆくその螺旋。 蚊取り線香の火は音も立てず、ゆっくりと燃えてゆく。残るのは燃えかすか、それともそこに存在していた証なのか。 私は隣で眠る彼をみて、ふと考える。 この先、私たちはこの蚊取り線香のように静かに終わりを待つのだろうか。 静かすぎて瓦解していく音すらも聞こえず、ただ、私たちが共に歩んできた証が燃えかすのように残っていくだけ。それでもいいのか。 風鈴の音で目を覚ますと、台所から芳しい香りが漂ってくる。 色々と考え込んでいるうちに、寝落ちていた。いつものように

        【短編小説】年輪と魔女

          【短編小説】線香花火

          私が大切にしたいものは、いつも消えていってしまう。 幼い頃、砂浜で作ったお城も、夕暮れが近づくにつれて少しずつ小さくなっていった。目の前でパチパチと音を立てて火花を散らしている線香花火も、燃えかすとなって消えていく。 それでも、右手にもつ線香花火を眺めている彼だけは、消えていくことはないだろうと、そう信じていた。 「あ、愛莉の落ちた。俺の勝ちだ」 嬉しそうに微笑む彩人に釣られて、私も笑いそうになる。 「もっかいやろうよ」 少し残念そうな表情を浮かべ、彩人は首を横に振る。 「こ

          【短編小説】線香花火

          【舞台脚本】優しいヒエラルキー 〜タワマンの住民たち〜

          登場人物 古城ひでお(38)マンションの管理人。 山田太郎(32)家庭を持っているサラリーマン。 馬場玲子(42)社長夫人。 秋葉あき(28)新人作家。良樹と付き合っている。 今野良樹(20)大学生。あきと付き合っている。 比企谷明人(17)高校生。引きこもり。 キムラタクミ(35)キムタクに似ている。 〇マンション・管理人室    少し薄暗い中、今野良樹(20)が探しものをしている。    扉の外から足音が聞こえてくる。    机の引き出しからメモとD

          【舞台脚本】優しいヒエラルキー 〜タワマンの住民たち〜

          【脚本】秋の陽

          登場人物 ◯霧谷蒼(28)・・・皮膚病を患っているフリーター。 ◯山瀬明里(18)・・・霧谷の隣女。 ◯おばさんA・(45)・・PTA会長 ◯おばさん(40代)・・・2人ぐらい。 ◯アナウンサー(声のみ) ◯保護者&子供達2〜3組ほど 1 海辺の町    10月ごろ。    さざなみの音。ひと気のない町並み。汽笛が遠くの方で聞こえる。    水平線の方には船が見える。 2 古民家・霧谷の部屋(雨)    薄暗い。デスクの上の電気だけが点いている。  

          【脚本】秋の陽

          【短編小説】ラピスラズリ

          さっきまで響き渡っていた廊下のざわめきはいつの間にか聞こえなくなっている。 静寂。僕は静かにあの子を待つ。あの子が来なければ、僕はこの部屋の前で、誰にも気づかれないこの部屋の前で、胸の音を響かせながら、ただ待つことしかできない。 クラスの隅で寝ている僕を起こしてくれたのはあの子だった。誰にも気づかれない、見向きもされない、路傍の石ような僕を。 あの子は眩しかった。クラスの中心にはいつもあの子がいた。誰に対しても明るく接し、嫌味のないさっぱりとした性格。さらりとたなびく髪、胸

          【短編小説】ラピスラズリ

          【短編小説】スノードーム

          誰も見向きもしないスノードームを見て、あなたは微笑んだ。私にはその一瞬が忘れられない。この景色を留めておきたい、そう願っていた。 クリスマスまではまだ1週間ほどある。それなのに、世の中はすでにムードが確立されている。 私はこの空気感が嫌いだった。まだクリスマスは始まってはいないのに浮き足立っている。サンタクロースのコスチームで客引きをする若い女性たち。それに群がるサラリーマン。自分達が世界の全てだと思い込み、手を握り合っているカップル。無駄に派手なイルミネーションライトは木

          【短編小説】スノードーム

          【短編】両翼を裏切れ

          世界には期待する側と期待される側の人間がいる。誰かに期待し、期待に応え、世界は廻っていく。大抵の人間はそのどちらかに属されるものだ。だが、男は違った。男の名はガラス。みてくれはジプシーを思わせるようだ。ガラスは誰にも期待されず、そして誰にも期待しなかった。ただ、自分と、そして神のみを信じていた。世界が一つになろうとしていた時も、ガラスは誰にも期待しなかった。ガラスは決して人間を憎まない。ただ、世界人が右を向くとき、ガラスは前を見、世界人が左を向くとき、ガラスは前を向く。ガラス

          【短編】両翼を裏切れ

          【短編小説】暖炉

          冬の晴れた日はなんだか落ち着く。太陽が遠い分、日が照っていても程よい暖かさが身を酔わせ、醒ます冬風の冷たさが心地良い。 「冬はいつから冬になるのだろう?じゃあ秋はいつまで?むしろ明確に線引きがなされないからこそ四季が際立つのかもしれないね」 彼はいつもそうやってにこりとシワを寄せながら私の目のガラス玉を赤色に染め上げていた。 ただただ、その情景が美しかったのだ。彼が存在し、冬空の太陽、枯れた木々、凍てつく風。パッチワーク的な美しさはこの様なものでも成り立つのか。 ただし、布

          【短編小説】暖炉

          [短編小説]愛でる

          「あなたはどこを見てるの?」 「ん?僕はずっと君を見ているよ。君こそ、僕を見ていないんじゃない?」 ジャズがかかっているおかげで70年代を思わせるカフェの隅っこで軽く談義を交わす予定だったのだが、物事はどうも予定通りには進まないみたいだ。 彼女と出会ったきっかけははっきりとは覚えていない。気づけばそこにいた、という表現が正しいのかもしれない。 ただ、彼女との思い出は限りなく多いのだ。冬の寒い日、暖炉でともに暖を取ったこと。春の訪れを感じた日、人の気配が薄れてきた夕暮れ

          [短編小説]愛でる

          形と結晶

          いつのまにか、今日があることが当たり前になっていた。 恐怖に怯え、誰かの支配に屈しているような世界は遠いどこかの物語のようで、決して自分とは交わりのない世界だとまで感じるようになった。 しかし、何処かおかしい。なぜ、この世界では無性に誰かの存在を肯定しなければ自分を否定する様な風潮になるのか。 また、彼は不思議に思うことがある。 主人から享受される事象を、ただひたすらに受け取るだけの日々が。この狭い世界の中で完結している全ての事象が。 彼はこの箱の中にいることが偶像

          形と結晶

          甲高い声、野太い声、個性なんて見えない世界で彼はただ空虚に吐き出している。 空に響く音には音色がある。涙に色があるように、声にだって色は存在していた。ただ、彼を除いて。 世界には個性なんて無い。姿形、見えている世界が慣れていればこそ、個性は存在するが、別の世界から来た者に個性など分かるはずもない。 唯一のアイデンティティであるものを失った彼に世界を狭くしてきた化け物は口々に存在を否定する。 彼らの世界は群れてこその価値がある。この広い空を一つの色に染めてしまう。群れる