さようなら、過去と写真と私
「想い出は清く美しく」
私の情緒はそんな風には出来ていない。
まるで多くの出来事は、そこに何の匂いもしなかったように、味気なく、ただ事象として記憶されるか、それすらもない。
これが「鬱病」という病の症状らしい。
私としては、それ以前の状況が想像出来なくなってしまって久しいので、「想い出」というのは匂いのしない物事の集まりであり、その中に感情を掻き毟るモノが残っているモノをトラウマと呼んでいる。
ただ、私が撮る写真達には、その場の空気が匂いと共に記憶されていて、私は、それがとても好きだった。
カメラがあれば、色味を失っていく世界を生きていても、まだ彩度を保った人生を外的手段であっても担保出来るような、そんな気がしていた。
カメラは私の生活にとって重要で欠く事の出来ない大切な要素になっている。
データと想い出の重さ
カメラマンとしての生活はいつの間にか始まっていた。
写真は無限に好きだった。
光があって、存在があって、それを切り取る。
味がする。
それだけで、とてつもなく楽しい遊びだった。
別に立派な一眼レフじゃなくても、スマホのカメラでも、トイカメラでも、良かった。
ー仕事じゃなかった内はー
いつの間にか、データには「金銭的価値」という質量が備わり始めた。
クライアントがいる仕事は割と簡単で、要望を聞き、撮影をして、納品をする。
私はクレジットも強要しないし、二次加工も歓迎だから、手切がいい。
というよりも私は「機会」と「価値」を提供し、「対価」を受け取る。
それだけである。
問題は「グラフィックアート」として撮った写真達である。
この子達はいつまでも、私のフォルダーで「想い出の匂い」を放ち続ける。
微量に帯びた「金銭的価値」を人質に、私のデバイスの中に鎮座する。
実際には写真だけに留まらず、私の「画家」として描いてきた多くの作品も微細な金銭的価値の質量を纏ってしまっている。
吐き出す=掃き出す
結果として微細な金銭的価値という質量を帯びたコンテンツで満たされていく私のデバイスの容量は次第に収集がつかなくなってきた。
多くの「グラフィック」が私の世界に鎮座している。
この状況を改善する為に私は幾つかの策を講じる。
一つは吐き出す事である。
作品を人の目に見える形に加工し、それを利用可能にする事で作品を供養する。
もう一つは掃き出す事である。
これは前者とほぼ同類だが、商業的価値を擦って、自分の中で「用済み」の烙印を押す作業である。
管理会社の設立
私は今年、新しい会社を作る。
「仮称:hako.jp」という法人である。
この会社は私の資産を管理する。
ファンドから所有事業から創作、保有しているアート作品の管理まで行う。
また私の事業性の技能に関しても管理する。
この会社が今の混沌として私のアートの管理状況を改善する。
微細な質量を集めて、太陽を作るような作業だとも言えるかも知れない。
そして、作品は私の手を離れていく。
私は作品によって、己を補完してきたが、作品自身にとってはもはや私は不要なのだ。
それを形にする為に、私は法人による管理を望んだ。
自らが生み出すモノが少しずつ外側へ溶けていくように、私はそれを仕掛けた。
動き出す事業と別の流れ
2024/01/06 既にhako.jpは動き始めている。
私が私自身で、作家としての身の振り方を見定める以前に、私が作り出した仕組みの方が正確に、迅速に動き始めた。
既に私の個人保有の資産の整理を開始した、
それは私の手を煩わせる事なく、自動的に人の手によって進んでいく。
私はデータのフィードバックを元に管理される体制を作っていく事を望んでいく、という流れである。
もう賽は投げられた。
私がする事は想い出の匂いを嗅ぎながら、それぞれの作品が管理可能な姿に変貌していく道のりを作業していく事である。
それはある種のカタルシスを私に与え、くだらない実感を伴わない懐古主義から私を救い出すかも知れない。
ついでにもう一つ、付け加えておくと、法人はもう一つ出来上がる。
こちらは取引先などの都合上、名は伏せておく。
この法人は私の資産の大半を連れていく。
私の外側へ、手の届かない世界へ。
実業家として生きてきた一昨年までの自分に渡す引導のようなものである。
私は私の世界の中で、自らが閉じ込めた匂いと共に生きる等身大の世界をただ歩く為の状況を作り出そうとしている。
想い出の先
私は私の中で微細な質量を帯びた扱いづらい事柄と、かろうじて私を延命させる資産、そして、私を働かせて収益を上げる仕組みのその全てに別れを告げる事にした。
それは「法人」という形をとり、私個人の手元から失われていく。
しかし、それらは「占有」から「共有」へ姿を変え、また再現可能な可能性を他者へ「譲渡」し、私に作り続ける場を提供する。
想い出の匂いは、作品を通して、顧客との間でのみ感じられる「表現芸術」のあるべき姿へと向かっていく。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?