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努力ができない人の生き方。弱者は死んだ方がいい?

頑張って自分なりに努力して生きているのに「もっと努力しろ!」「努力が足りない!」という見えない圧力で苦しんでいる方はいませんか?

うつ病や発達障害で努力したくても出来ない人や、生まれつき努力できない人もいるでしょう。


しかし、これからとても厳しい事をお伝えしなければなりません。

これからの時代、努力ができない弱者の生き方は2つしかありません。

生き方①:努力ができなくても、何とか努力するしかない

生き方②:死ぬ


まず最初に書いておきますが、努力は誰にでもできるものではありません。

〇才能や知能は遺伝の要因が大きいことがわかっている

〇努力ができるかどうか自体も遺伝が作用している

〇さらに精神疾患や発達障害で努力ができない人もいる

〇さらに、努力しても報われるとは限らないし、多くの場合は努力は無駄になる

〇それでも腐ることなく自己肯定感を維持し努力し続けなければならない


どうですか?絶望的な気分になりましたでしょうか?

しかし、これは事実です。

才能も努力できるかどうかも遺伝で決まりますし、努力は報われない事がほとんどですし、これからはAIによってさらに可能性を奪われていきますが、それでも人は持ってる物で戦うしかないので結局努力するしかないのです。 当たり前の事実から目を背け他責思考に走るのは、ただの現実逃避です。

今までの日本は余裕がありました。そのため、努力できない人やダメな人も、大目に見て包括する社会を作れたのです。

しかし、日本のGDPは伸び悩み、少子高齢化は進み、社会保障費は膨らみ、生産性は落ち、円安は進み、財政は悪化し、いよいよ国力が厳しいことになってきています。無い袖は振れないのです。努力しない弱者、結果を出せない弱者は切り捨てられるのは時間の問題です。


最近、このような事実を見ようとせず、現実逃避してSNSで愚痴や泣き言を言っている弱者をよく見かけます。「弱者を救うべきだ」と実現するはずもない左翼思想やカルト宗教に流れている人もいます。

本当に甘えているなと感じます。

このような方々は、自分が努力できない事を社会が悪いとか政治が悪いとか「構造の問題」にすることが多いのですが、構造を変えるにはそれこそ多大な努力が必要なんですよ。「あなたは努力できないのに、どうやって構造を変えるんですか?」という最初の話にループして戻るんです。完全に矛盾してますし、とても頭が悪い人達だなと思います。

結局、「構造の問題」を指摘してる風を装い愚痴ることで、「自分の目の前にある現実」から現実逃避してるだけなのでは?と感じます。このような「にわか構造クレーマー」は、本当に社会や政治などの構造を変えるために日々努力している方々に対して失礼だと思います。


このような甘えが蔓延した弱者たちは、心のどこかで「そうはいっても、最後はお国が助けてくれるに違いない」「キツイとはいっても何のかんので生きていける」とタカを括っているのでしょう。

これからの日本において、弱者は生命を賭けた生き残り競争になるという自覚がないのでしょう。

世界を見ても、本当の弱者は泣き言をいう暇などありません。今まさに餓死しようとしていたり、今まさに頭の上にミサイルが落ちてきたりするからです。スマホでポチポチとSNSに「生きづらい」「努力できない」と愚痴や泣き言を投稿できる環境が、如何に安寧とし恵まれている環境か理解していないのでしょう。


努力ができない人は、それでも何か努力できる可能性が無いか模索する

弱者の皆さんはとにかくSNSなどで現実逃避することなく、現実を直視することが大切です。

最初に書いたとおり、努力ができなくても、何とか努力できる道を模索するしかありません。努力できる道を見つけられたとしても、きっと結果はすぐに出ることはありませんし、一生報われない可能性も高いでしょう。それでも生き残りを賭けて努力するしかないのです。


まず、努力できない原因はさまざまですが、その原因を知り、克服するための方法を見つけることが大切です。

まず、努力できない原因として一つ挙げられるのが「怠惰」です。怠惰な心が強くなると、行動する力が弱まり、努力する動機も失われてしまいます。怠けたい気持ちを抑えることが必要です。具体的な克服方法としては、自分に厳しく、やるべきことを先延ばしにせずに取り組むことが挙げられます。

もう一つの原因として「自己限界感」があります。自分に自信が持てず、自分の能力に疑問を持ってしまうと、努力する気持ちが湧きにくくなります。克服するためには、自己肯定感を高めることが必要です。自分を信じ、自分の可能性に挑戦することで、自己限界感を打破することができます。

また、努力できない原因として「環境の影響」も挙げられます。周囲の人が怠惰な生活を送っていたり、否定的な言葉を投げかけられたりすると、自分も同じようになってしまうことがあります。このような環境から抜け出すためには、ポジティブな人と関わることや、自分を高めるための情報や本を読むことが有効です。


弱者にとって最も必要なのは、自己肯定感を高めるためのアプローチです。

多くの人は、自分に対して厳しすぎることで焦燥感や不安を抱くことがあります。しかし、努力を惜しまず取り組むことは重要です。そこで、自分を受け入れながら積極的に努力を続けるための心理テクニックを紹介いたします。

まず一つ目のテクニックは、「過去の成功を振り返る」ことです。自分が過去にどれだけの困難を乗り越えてきたかを振り返ることで、自己肯定感が向上します。過去の成功体験を思い出すことで、現在の困難に立ち向かう勇気や自信が得られるでしょう。

二つ目のテクニックは、「自分の強みを活かす」ことです。自分の得意なことや強みを意識し、それを活かした努力をすることで、効率的に成果を上げることができます。自分の強みを活かすことで、努力に対する意欲も高まります。

三つ目のテクニックは、「他人との比較を避ける」ことです。他人と自分を比較することは、自己肯定感を下げる原因となります。自分自身と過去の自分を比較し、成長を実感することで、自己評価を正しく保つことができます。

四つ目のテクニックは、「短期目標と長期目標を設定する」ことです。大きな目標に取り組む際は、達成までの道のりが長く感じられることがあります。そこで、短期的な目標を設定し、段階を踏んで進めることで、自分の成長を実感しやすくなります。

自分のペースや能力で進んでいくことを重視し、自分と過去の自分を比較することで、成長や前進を感じることができるでしょう。 そして、「小さな喜びに感謝すること」も大切です。幸せは大きな出来事だけではなく、日常の些細なことにも宿っています。朝のほっこりしたコーヒータイムや友人との楽しい会話、自然の美しい景色など、心に余裕を持って小さな喜びを感じ、それに感謝することで、幸せの積み重ねを実感することができるでしょう。


さらに、ストレスへの対処法も心の強さを養う上で重要です。

ストレスは心身の健康に悪影響を及ぼすため、適切な対処法を身につけることが必要です。ストレスを感じた時には、深呼吸やリラックス法を活用して自分を落ち着かせることが有効です。また、問題解決や時間管理などのスキルを身につけることで、ストレスを軽減し心の余裕を持つことができます。

他人との関係性も心の強さを育む上で重要な要素です。他人との良好な関係を築くことで、支え合いや励まし合う環境が醸成され、心の強さをサポートしてくれます。コミュニケーション能力を高め、他者の気持ちや視点に共感する力を養うことで、人間関係をより良いものにし、自己成長につなげることができます。


「努力ができない人=死んだ方がいい」という価値観もあってよい

一方で、僕は「努力ができない人=死んだ方がいい」という価値観もあってよいと思っています。

〇努力ができなくても、何とか努力できる道を模索するしかなし

〇努力できる道を見つけられたとしても、一生報われないかも

〇それでも努力するしかない

このような状況では「もう生きていたくない」「死んだ方がいい」という人も出てくるのは当然です。


特にこれからのAI時代では、努力はさらに報われなくなっていきます。

AIに仕事の大半を奪われ仕事もありません。格差は極限まで広がり、人工知能をたくさん保有する富裕層と99%の一般市民との差は信じられないほどまで広がります。AIに生かされAIに対し劣等感を覚えAIが全領域を支配して、大半の人がやれる事がなくなる世界で無気力に生きていくことになるのです。

安楽死の合法化も積極的に考えるべきです。重病患者や障碍者に限らず、僕はもっと手軽に自分の自由意思と自由選択で安楽死できる時代になって欲しいと思います。

例えば、コンビニで楽に死ねる薬が1000円くらいで買えて、カラオケやボーリングに行く感覚で天国に行けてしまうような社会です。


僕は「日本に安楽死制度を導入する」という大変難しく多大な努力を必要とする「構造の問題」に、たとえ報われることがなくても、自分の努力をつぎ込んでいこうと思います。

「努力できなくて死にたい」という貴方も、どうせなら楽に死にたいのではないでしょうか?

それならば、安楽死制度のために少し努力をしてみるというのはいかがでしょうか?まずは尊厳死や安楽死について調べてみたり、noteで発信してみたりなど、簡単なちょっとした努力から第一歩をはじめてみましょう。


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