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小説

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物語です。
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#音楽

ド年末のAnother World Stranger

 「お疲れー」
 間の抜けた挨拶をしながら、男ーー八代陸人(やつしろ りくと)は重い扉をくぐって室内に入った。
 だらだらと歩いて常設のギターアンプの前に立つと、アンプのパワースイッチを押してからのろのろと左手に持ったエフェクターボードと右手に持ったギターケースを床に降ろす。
 そこまで来て、陸人はこの貸しスタジオの同じ部屋にいるはずの仲間から返事がないことに気付いて、顔を上げた。
 陸人の所属す

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9th , M02

 ふと空を見上げてみた。
 目に飛び込んで来たのは、未だ深い紺色から明るい橙色へと変化している壮大なグラデーション。
 先程まで降っていた雨のせいか未だ黒いままで浮かぶ浮雲。
 それから、次第に姿が霞む様に薄くなっているように見える白い月と煌々と空を照らし始めた曙光を湛える太陽。
 なんだか、あまりにも綺麗な景色に思わず立ち止まって数秒ほど目を細めて眺めてた。

 今、立っているこの地面である地球

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旧友 2

 「は? ライブ?」
 「そう、ライブ!!」
 彼はにこやかに、そして自信満々に言った。
 ライブ、というのは恐らく音楽ライブのことだろう。
 俺と彼が未だに時折連絡を取り合うのも、お互いに音楽が好きだからというのが大きい。
 そういえば、確かに目の前の彼は高校に入学して軽音楽部に入ったと言っていたことを思い出した。
 「な? いいだろう?」
 彼は俺が断るとは思っていないのだろう、ニヤリと口角を

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旧友 1

 「頼むっ!!」
 言葉と共にパンッという手を合わせた音が、決して広くない部屋の中に響いた。
 俺は仕方なしに目の前のモニターから目を離し、座っているデスクチェアをくるりと回して、この部屋の来訪者の方へ向き直った。
 「……で、なんだって?」
 「聞いてなかったのかよ!?」
 相手の大袈裟なリアクションを見ながら、俺は付けていたヘッドホンを頭から外した。
 「急に家に押し掛けられて、急に部屋に上が

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飛行船、ほうき星、燃やす

 飛行船が見えた。
 青い空に浮かぶ大きな飛行船。
 きっと、みんなには見えない。
 ほうき星が見えた。
 空に大きな線を引くほうき星。
 きっとみんなには見えない。
 手を伸ばしてみるけれど、当然届くことは無い。
 伸ばした先の掌を透けて太陽が見える。
 目を瞑る。
 飛行船もほうき星も見えなくなった。
 みんなと同じように、私にも見えなくなった。
 それでも、きっと、そこにある。
 もう一度、

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『ノイズ』

 丁度ソロ用の音色に変えようと、複数のエフェクターが接続された足元のスイッチャーを踏んだ瞬間だった。
 ジジッ!!と激しいノイズが、決して広くはない練習スタジオの個室に鳴り響いた。
 演奏が止まり、三人が俺の方を見た。
 そんな三人に俺が出来たのは、耳を貫くようなノイズを垂れ流したままのギターから手を離して、困ったように笑う事だけだった。

1/
 練習はいったん中断になり、メンバー四人でロビーに

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