旧友 2
「は? ライブ?」
「そう、ライブ!!」
彼はにこやかに、そして自信満々に言った。
ライブ、というのは恐らく音楽ライブのことだろう。
俺と彼が未だに時折連絡を取り合うのも、お互いに音楽が好きだからというのが大きい。
そういえば、確かに目の前の彼は高校に入学して軽音楽部に入ったと言っていたことを思い出した。
「な? いいだろう?」
彼は俺が断るとは思っていないのだろう、ニヤリと口角を上げながらそう訊ねてくる。
その上で。
「いや、普通に無理だが」
俺は断った。
「え! なんで!?」
心底驚いた、と言わんばかりに彼は声を上げた。
俺はその声に驚くでもなくゆっくりとコーヒーに口を付けて、それから答えた。
「人前で楽器弾けるような練習してないからな」
断る理由を伝えてやったが納得はしていない。
彼はもう一度部屋の隅に目をやった。
「でも、ギター弾いてるんだろ?」
彼の目線の先を辿ってやると目線の先にはギタースタンドに置かれた古びたアコースティックギターが置いてある。
所々に傷や割れ、その修復痕や汚れが目立ち、ヘッドロゴが削り取られ、ボディ内のラベルも剥がされている為、一体どこのメーカーの何年前に作られたギターなのかも判然としないギターだ。
このギターは数年前に祖母の家に行った際に押し入れから見つけて貰ってきたもので、話によると祖母の家から出て行った俺の叔父さんが置いて行ったものらしい。
ちなみに誤解のないように刺しておくが、けして高いギターではないはずだ。
おそらくは四、五十年前の安い国産ギター、だと思う。
彼の指摘の通り、俺はこのギターを弾いている。
だが、あくまで趣味だ。
誰に聴かせる気も無く、ただただ弾いているという程度でしかない。
「弾いてはいるが・・・」
「ライブしようと思ってたのにさー、組んでたバンドのギターが辞めちゃってギター探してるんだよ」
俺の言葉を遮るように事情を話し始めた。
喋りながら彼は先ほどまでの畏まったような姿勢を崩し、胡坐をかいた。
「それで誰かいないか考えた時に清景のこと思い出したんだよ」
「なんで俺?」
俺がギターを弾いている事を知っているのは家族を除けば、言海と耕輔の二人ぐらいだ。
彼とは連絡を取ってはいたがギターを弾いている話などしたことは無いはずで、何故俺を思い浮かべたのかという疑問があった。
彼はすぐにそれに答えてくれた。
「なんでって、ほら、小学校の時ピアノ弾いてただろう?」
「いや、まぁピアノは弾いてたが……。……まさかそれだけ?」
「音楽の話もするだろう? だから、ピアノ弾けりゃあギターも何とかなるだろと思ったわけだ」
カラカラと笑う彼に俺は思わずため息を吐いた。
それだけで小学生の頃の友人を訪ねてくるのだから、その胆力は見上げたものがある。
「しかも、こうして部屋に来てみりゃあご丁寧にギターも置いてあるわけだ」
「まぁ……」
「だから、清景。頼む!!」
三度、彼は手を合わせ、頭を下げた。
ここまで期待されればそう悪い気もしない。
応えてやりたいのは確かだが、しかしだ。
「すまん」
俺は断るしかない。
「えぇー、ここまできて断わんのかよ。なんでだよ」
彼の疑問はもっともで、俺は部屋の隅に置いたアコースティックギターを指差して、それに答えてやる。
「俺、ギターそれしか持ってないから無理だ。エレキは持ってない」
今度は彼が呆れたようにため息を吐いて、苦笑を浮かべる番だった。
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