9th , M02
ふと空を見上げてみた。
目に飛び込んで来たのは、未だ深い紺色から明るい橙色へと変化している壮大なグラデーション。
先程まで降っていた雨のせいか未だ黒いままで浮かぶ浮雲。
それから、次第に姿が霞む様に薄くなっているように見える白い月と煌々と空を照らし始めた曙光を湛える太陽。
なんだか、あまりにも綺麗な景色に思わず立ち止まって数秒ほど目を細めて眺めてた。
今、立っているこの地面である地球はあの眩しい太陽の周りを定期的な周回軌道で動いている。
小さく白く輝く月はその地球の周りを定期的な周回軌道で動いているらしい。
なんて、小学生でも知っている当たり前が、寝不足でふわりとする頭の中を不意に過ぎった。
それがなんだか可笑しくて、俺は声を出さずに笑って、それからまた歩き始めた。
散歩でもしよう、と思ったのは夜通し降りしきっていた雨の音がいつの間にか止んでいたからだった。
来週に迫ったライブに向けて新曲を作ろうと、窓の外から聞こえる静かな雨音をBGMがわりにあれでもないこれでもないと思案を巡らせている間に空が白んでいた。
徹夜する気などなかったのだが、どうにも上手くいかず作業は大して進みもしないままこの時間になっていた。
いい加減に疲れを感じた頃に雨音が止まっていた事にも気付き、ふと見た窓の外に広がる雨上がりの空がなんだか透き通っている気がして、気分転換がてら特段の考えもなしに玄関を出てみたのだった。
家を出る前に比べれば、頭の中が幾分すっきりした様な気がする。
これならばもうひと頑張りぐらいは出来るだろう。
俺は身体の中に残った怠さと朝の冷たい空気を交換するように欠伸をした。
メンバーからはそこまで急がなくてもいいと言われている。
つい数週間程前、俺は病院のベッドの上で目を覚さないまま一ヶ月程を過ごした。
それもあって病み上がりを心配しているのだろう。
メンバーだけではない、今回は多くの人に大いに心配を掛けてしまった。
両親や友人、サークルのメンバー、大学の同期。
それから隣人の幼馴染。
そして、俺の大切な人。
みんなが俺のことを心配してくれていて、きっと今こうして徹夜となってしまったことなど見つかれば、真剣に怒ってくれるだろう。
でも、それでも俺にだって成し遂げたいことだってある。
俺は、特別な能力など無いただの凡人で、それはあの世界から帰って来た今でもけして変わらないことだ。
いつだって隣に居てくれた何処にいても輝いてしまう主人公の二人と比べてしまえば、きっと俺は群衆に紛れて見分けもつかない存在だろう。
自ら輝く恒星とその周りを回る数多の天体。
自ら輝けないそれらの天体の一つだとして、それでもせめて惑星でぐらいありたいものだ。
だから、ここでぐらい、ステージの上でぐらいは輝きたい。
琴占言海の隣にいるのだから、格好ぐらい付けさせて欲しい。
そんなわかりやすい気持ちはきっとみんなにも見透かされているのだろうけれど。
やはり空転しがちな思考を引き摺りながら、どうやら結構歩いていたらしかった。
先程までよりもさらに明るくなった空とほんの少しずつ賑わい出した気がする街の喧騒。
ちょっと遠くに時折利用するコンビニエンスストアが目に入った。
何気なく見ていた、その出入り口が開く。
退店音と共に出てきた女の子は、相当疲れているのか大きく息を付いたあと、空を見上げた。
俺が見上げたのと同じ空を見上げたのだろう。
そう思って、思わず苦笑してしまった。
きっと彼女はまだ気付いて無い。
俺に見られているということに。
短く息を整えて、彼女の元へ向かう。
なんて声を掛けようか。
なんて考えている合間にふと、フレーズが浮かぶ。
彼女ーー琴占言海がこちらに気付く。
一瞬驚いたあと、表情が明るく輝く。
俺は浮かんだフレーズを忘れないように頭の片隅にメモして、それから声を出した。
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