旧友 1

 「頼むっ!!」
 言葉と共にパンッという手を合わせた音が、決して広くない部屋の中に響いた。
 俺は仕方なしに目の前のモニターから目を離し、座っているデスクチェアをくるりと回して、この部屋の来訪者の方へ向き直った。
 「……で、なんだって?」
 「聞いてなかったのかよ!?」
 相手の大袈裟なリアクションを見ながら、俺は付けていたヘッドホンを頭から外した。
 「急に家に押し掛けられて、急に部屋に上がり込んできて、急に話されても困る」
 「お、おぉ……」
 至極真っ当なことを言っているつもりなのだが、何故か納得のいかない顔をされ、さらには表情が苦笑に変わった。
 「清景、お前相変わらずだなぁ」
 「……なんで、今そんな評価を受けた……?」
 別に休日なのだから、自室でのんびりとゲームをしていてもいいじゃないか。
 
 
 今日は土曜日。
 つまりは休日だった。
 春も過ぎ去り、すっかりと夏の陽気が訪れるそんな季節の日。
 外はもうすでに三十何度だかを記録しているらしいが、そんな中俺は休日を満喫するようにクーラーの利いた自室で最近買ったばかりのゲームをプレイしていた。
 高校生にもなったのだから、友人とでも外へ遊びに行ったりして青春の思い出でも作るべきなのかもしれない。
 が、生憎と俺には休日に遊びに誘うような友人というものが幼馴染みの二人ほどしかいない。
 しかも、そのうちの一人とは最近はすっかり疎遠気味で、もう一人は高校に上がってからこの数か月何やら随分と忙しいらしい。
 そんなわけで、俺は休日もこうして家に籠ってゲームやら読書やら音楽やらを存分に楽しんでいた。
 何分、元からインドアな人間なので現状に特には不満が無かった。
 至極平和な休日。
 そんな平和に突然の珍客が訪れた。
 それが目の前にいる男だった。
 彼は小学校時代の友人の一人で、頻繫にとは言わないが今でも時々は連絡を取る様な間柄だ。
 彼は中学に上がる際に転校していて、しばらくは直接会っていなかったのだが高校進学を機にこの街に戻ってきたことは知っていた。
 そのうち遊びにでも行きたいな、なんて話をしたりもしていたがそのまま数か月過ぎて、まさか今日突然訪ねてくるとは思わなかった。
 母さんに『友達が来ている』と言われたときに頭に思い浮かんだのは、幼馴染み二人――耕輔か言海のどちらかで、おそらく言海だろうと特に気にも留めずに適当な返事をした。
 だからモニターの方を向いたままだったし、ヘッドホンもしたままの除隊だった。
 今にして考えてみれば言海か耕輔なら、母さんも名前を出すはずなのでその時点でわかったはずなのだが、なにせあまりにもイレギュラーだったので考えすらしなかった。
 そしてだ。
 部屋まで上がってきた彼を見て驚いたところで、彼は突然俺に向かって手を合わせたのだった。
 

 「で、なんだって?」
 ゲームをしながら飲もうと持ってきていたコーヒーに口を付けながら改めて訊ねた。
 「あー……」
 彼はチラリと俺の部屋の端を見た。
 それから。
 もう一度、パンと音を鳴らして両手を合わせた。
 「清景!! 頼む、ライブに出てくれ!!」
 彼の妙に真剣な声が俺の部屋に響いた。


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