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小説

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2020年6月の記事一覧

『ノイズ』

 丁度ソロ用の音色に変えようと、複数のエフェクターが接続された足元のスイッチャーを踏んだ瞬間だった。
 ジジッ!!と激しいノイズが、決して広くはない練習スタジオの個室に鳴り響いた。
 演奏が止まり、三人が俺の方を見た。
 そんな三人に俺が出来たのは、耳を貫くようなノイズを垂れ流したままのギターから手を離して、困ったように笑う事だけだった。

1/
 練習はいったん中断になり、メンバー四人でロビーに

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『死んだはずの男2』

3/
 幸成が目の前の『探偵』の女性について知っている事はそれほど多くない。
 長い黒髪に、強い意志を宿したような双眸、容姿端麗なその佇まい。
 年齢は25歳。
 職業は(本人曰く)小説家で、だからこうして平日の昼過ぎにのんびりと本を読んでいる事。
 同い年で同棲している恋人がいるが、恋人も特殊な仕事で家を空けている期間も多いらしい事。
 知っていることはその程度の情報だけで、幸成は女性の本名を知

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『死んだはずの男1』

 「え……?」
 母親と買い物に来た大型スーパーのお菓子コーナーで時間潰している時に、ふと出口の方に目を向けるとスーパーから出ていく一人の人物が目に付いた。
 それは一人の老人であった。
 白髪頭のその老人は周囲を気にする風もなく、健康そうな足取りで視界から消えていった。
 顔見知りの老人であった。
 町内会が一緒で、通学路の途中に家があることもあり、朝登校の際にあいさつしたことも何度もあった。

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『死ねない呪い』

 夕暮れの帰り道。
 自宅へと続く緩やかな坂道で、ふと振り返れば自分の住む街が見える。
 風景の細やかな一つ一つに人が息づいているのだろう。

 この風景でとても寂しくなる事が、時折ある。

 この街に息づく彼らも。
 この街の風景も。
 隣に居て欲しい人たちも。
 いつか僕を置いて往くのだろう。
 
 夕暮れを彩る鮮やかな日と僕の体の奥に宿る焔が重なり、体と心を焦がすようだ。
 
 この感情もい

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『世間知らずの少女と外の世界から来た男の出会い2』

 活気も無ければ、面白みもない街であった。
 歩いていれば何か面白いものでもあるだろう、と軽い気持ちで一人でブラついてみたもの見事に何もなかった。
 見かけた露店にもしけた商品が並べられていただけで、なんとも残念だった。
 路地には浮浪者や路上生活者が見て取れる。
 途中何度か彼らに絡まれもしたが、無視してやるとそれ以上絡んでこなかった。
 彼らにはもうしつこく相手に絡む気力すらないのかもしれない

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