『世間知らずの少女と外の世界から来た男の出会い2』

 活気も無ければ、面白みもない街であった。
 歩いていれば何か面白いものでもあるだろう、と軽い気持ちで一人でブラついてみたもの見事に何もなかった。
 見かけた露店にもしけた商品が並べられていただけで、なんとも残念だった。
 路地には浮浪者や路上生活者が見て取れる。
 途中何度か彼らに絡まれもしたが、無視してやるとそれ以上絡んでこなかった。
 彼らにはもうしつこく相手に絡む気力すらないのかもしれない。
 アベルは歩きながら城を睨んでみた。
 「……ハァ」
 ため息が出る。
 元凶を睨んでみたところで、改善はすることは無い。
 
 いつの間にか人通りの多い方へ来てしまっていた。
 「おっと、噴水広場まで来ちゃったか」
 入り組んだ裏路地を歩いてきていたのだが、いつの間にかこの街の中央にある噴水広場まで来てしまっていたらしい。
 噴水広場は表通りにあるおかげか、綺麗にされており、人通りも多かった。
 建国祭の準備などで少なからず人が出ているのだろう。

 ベンチにでも座って休もうか、とアベルが噴水の方に向かって歩き出したところだった。
 横合いに人混みの中を縫うようにこちらに走ってくるローブのフードを深く被った人物が見えた。
一瞬だったが、フードの奥の顔が見えて、飛び出して来た彼女とドンッとぶつかった。
 「キャッ……!?」
 「おっと」
 アベルは倒れそうになったローブの人物の腕を取って寸でのところで支えた。
 「……えーと、大丈夫ですか?」
 アベルがローブの人物を引っ張って立たせ、そう尋ねるとローブの人物は素早く、そして丁寧に頷いた。
 「あの……ありがとうございます。……でも、すみません、私急いでいて、その、本当にすみません、ありがとうございました」
 ローブの人物はそれだけ告げると、アベルの手から離れて再び人混みの中を走り出した。
 アベルは特に引き留めることもなく、その背中を見送った。
 見送ってすぐに彼女の走ってきた方に目を向けると人混みの中を二人組の男が走ってきているのが見えた。
 二人組の男は周りの人間より数段身なりがよく、胸にはアルマリアの紋章を掲げていた。
 おそらく、城の従者であろう。
 「……うーん」
 一瞬、アベルは考え、すぐに決断。
 指先に小さな魔法陣を展開させる。
 男たちがアベルに気付くことなく、アベルの前を通り過ぎ、彼女に迫っていく。
 『爆発の勇者』たるアベルの魔法は魔法陣の大きさに関係なく、必要な効果を十二分に発揮する。
 アベルの指先の魔法陣が一層瞬くと、バンッという小さな爆発音が噴水から響き、一瞬のうちに当たりを真っ白な水蒸気が覆った。
 
 「うわっ!!」
 「キャッ!?」
 「火事か!?」
 「クソッ!! 見えない!!」
 「なんだこれ!?」
 阿鼻叫喚が広場に響き渡る。
 その中をアベルは『落とし物』を手に、何事無かったかのように去っていった。


~~~~
 「はぁ~あ……」
 すっかり夕暮れ時だった。
 あれから半日近くこの街を歩き回ったが、わかったのは結局町全体に活気がない事ぐらいだった。
 用事を済ませて、フラフラと歩いていたが気づけば噴水広場まで戻ってきていて、すっかり人の気配のなくなった広場のベンチに座っていた。
 ため息とも欠伸ともつかない吐息を吐き出す。
 そろそろ宿に戻らないと、レイアは心配しているだろうし、そのせいでピリピリしているレイアといるアレンの精神も持たないだろう。
 「……そろそろ帰るかぁ」
 奥に見える夕暮れ色に染まった白壁の城を眺めながら伸びをしてから、上着のポケットに手を入れて中のモノを取り出した。
 取り出したのはアルマリア王国の紋章を掲げる指輪であった。
 紋章の中には、読める者のほとんどいない人魔大戦期以前にこの地方で使われていた古アルマリア文字が掘られていた。
 少しでも詳しいものが見れば、アルマリアの王族に関係することが明白な一品であった。
 アベルはボーっと指輪を眺めていた。
 「……あのっ、……すみません」
 声が掛かった。
 鈴のようなきれいな声に反応して、そちらを見ると昼間ぶつかったローブのフードを深く被った少女が立っていた。
 指輪の落とし主は彼女である、きっと探しに来たのだろう。
 「何かな?」
 気づかないふりをしてアベルは尋ねた。
 「えぇと……、昼間にぶつかってしまって……、すみませんでした。それで、その……その時に大事な物を落とししてしまったみたいなんですが、知りませんか?」
 少女――レティシア・ティオトーラ・アルマリアは丁寧にお辞儀をしてから、不安そうに尋ねてきた。
 おそらくこの時間まで探していたのであろう。
 アベルは持っていた指輪をレティシアの前に差し出した。
 「探し物はこれかな?」
 「あぁ!! そ、そうです!!」
 驚くレティシアの手を取って、アベルはそこに指輪を置いた。
 「君とぶつかった後にすぐに気づいたから拾っておいたんだ。ダメだよ? 大事な物ならきちんとなくさないようにしないと」
 「ありがとうございます……!!」
 レティシアはアベルから指輪を受け取ると安心した声を出して、胸の前で大切そうに指輪をぎゅっと握った。
 「あの、……お礼は……」
 「あぁ、別に気にしなくていいよ。僕にはその古ぼけた指輪の価値がさっぱりだし、持ち主に返せたならよかったよ。その指輪は君の物なんだから」
 アベルは飄々と笑いながら答えたが、レティシアは不思議そうにしていた。
 この国の人間であれば指輪に掲げられた紋章の意味を簡単に予想できるからだろう。
 アベルは笑う。
 「僕は冒険者でね。この国にはたまたま立ち寄っただけなんだ」
 「そうなんですか」
 レティシアはホッとしたように呟いた。
 「そういえば、昼間は追手に追われてたみたいだったけど大丈夫だった?」
 「あ、はい。気がついたら、追ってきていなかったので」
 どうやら追手の二人は、その後少女を見つけることが出来なかったようだ。
 「それは良かった」
 それだけ聴いて、アベルはベンチから立ち上がった。
 「僕はそろそろ行くよ。仲間が待っているだろうしね。君もそろそろ迎えが来るんじゃないか?」
 アベルが尋ねると、レティシアはハッとしたように肩を揺らした。
 「そうでした。指輪、ありがとうございました」
 レティシアはもう一度深くお辞儀をしてから急いでその場を離れていった。
 残されたアベルは離れていく背中に、穏やかな笑みを浮かべてため息を吐いた。
 「……君が無事でよかったよ」
 小さく呟いて、アベルも噴水広場を後にした。

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