『死ねない呪い』

 夕暮れの帰り道。
 自宅へと続く緩やかな坂道で、ふと振り返れば自分の住む街が見える。
 風景の細やかな一つ一つに人が息づいているのだろう。

 この風景でとても寂しくなる事が、時折ある。

 この街に息づく彼らも。
 この街の風景も。
 隣に居て欲しい人たちも。
 いつか僕を置いて往くのだろう。
 
 夕暮れを彩る鮮やかな日と僕の体の奥に宿る焔が重なり、体と心を焦がすようだ。
 
 この感情もいつか燃え尽きてしまうのだろうか――


1/
 得てしてテスト期間というものは被るもので、市内の多くの学校がテスト期間である現在、例に漏れず我が暁高校もテスト期間であり、つまり学校が早く終わる。
 大抵の学生は寄り道や外出することなく、テスト勉強に費やすであろうテスト前の貴重な放課後という時間に僕が、正確には僕たちがどこにいるのかと言えば、喧騒を極めるゲームセンターであった。
 喧騒極めるといってもその喧騒のほとんどはゲームから出る音で、いつもなら騒がしいはずの制服を身に纏った学生たちの姿はほとんどなく、店内もなんとなく寂しげで、奥のカウンターに立つ店員も暇そうにしていた。
 先にも述べたように、テスト期間なので当然である。
 特に用事もなくブラブラする様な学生はそう多くはない。

 読んでいる文庫本から目を外せば、目の前にゲーム筐体を睨みつける後頭部が目に入る。
 画面の中では2体のキャラクターが縦横無尽に動き周り、やがて片方を倒した。
 倒れたキャラクターが起き上がることはなく、やがて画面にメッセージとカウントが表示された。
 「クッソ……」
 目の前の後頭部が恨めしいように悪態をつき、塔のように積み重ねた硬貨の一枚を新たに投入した。
 その様子にため息を吐く。
 「……鬼丸、もうやめたら?」
 「うるせー」
 優しく諭しても、聞く耳は持ってもらえない。
 いつも通りのやり取りながら、ついため息は出てしまう。
 筐体が軽快な音を立て、画面の中の倒れていたキャラクターが再び立ち上がった。

 彼――木元鬼丸(きがんおにまる)は決してゲームがうまくない。
 極度の面倒臭がりな鬼丸の唯一の趣味は睡眠で、そもそもゲームが好きなわけでもない。
 案の定、すぐにまた鬼丸の操作するキャラクターは倒れることとなった。
 そんな鬼丸が、何故頑なにゲームセンターでのゲームに興じているかと言えば、端的に言って勉強がしたくないからだ。
 学校に残ったり、周辺でブラついていれば今日たまたま生徒会の仕事が入り、帰りが別になった恋人にドヤされるであろうし、家に帰れば帰ったで彼の祖父や母親にとやかく言われるのが嫌なのだろう。
 だから、こうして大して得意でもない格闘ゲームに必死に興じているのだ。

 再び、硬貨が投入され、キャラクターは立ち上がった。

 かく言う僕は、言ってしまえば鬼丸のお目付け役を買って出ているようなもので、僕がついていなければ鬼丸は延々とゲームなりで時間を潰し、下手をすればフラフラと家にも帰らずにその辺で夜を明かすだろう。
 それでは、鬼丸の家族や恋人に多大なる心配をかけることになる。
 鬼丸の家族や恋人をよく知る僕もそれでは面白くないし、何より当の鬼丸自身だってそれを面白いと思う性分ではないのだ。
 だから、最低限の抑止をすべく、こうして文庫本でも読みながら鬼丸に付き添っているのだった。

 「あー……、クッソ」
 鬼丸の悪態で再び文庫本から目を向ければ、鬼丸のゲーム画面は何度目かの光景を繰り返していた。
 違いがあるとすれば塔のように積まれていた硬貨が既に一枚しか残っていなかったことだ。
 「……もうやめたら?」
 こうして諭すのは何度目だろうか。
 とはいえ、鬼丸は自分が納得するまでは意地でも動かないだろうから、(少なくとも僕には)諭す以外に選択肢はない。
 幸いなことに面倒臭がりな彼は延々とゲームをしたり、自分の家族や恋人に見つからないようにしたりするのも、そのうち面倒臭くなるだろう。
 実際、今回は今までのように即座に否定の言葉は返ってこなかった。
 「……そうだな……、飽きてきた」
 代わりに気の抜けた返事が返ってくる。
 鬼丸が真後ろの僕の方に振り返る。
 「飽きたけど、後一枚あるし、悔しいから東崎(あずまざき)やれよ」
 「えぇ……、僕?」
 鬼丸が筐体前の椅子を空けた。
 座れという事だろう。
 「おう、早くしろゲームオーバーなんぞ」
 促される。
 仕方ないので、文庫本を閉じてカバンにしまい、席に着いた。
 「知ってるだろうけど、僕も格ゲー得意じゃないからね?」
 「おうおう、なんでもいいよ。やっとけ」
 もうすでに興味の無いらしい鬼丸は画面の暗い隣の筐体で頬杖を付きながら、適当に言った。


2/
 ゲームセンタを出れば、日が傾き始めていた。
 結局、残り1クレジットの状態でエンディングまで行くことはできた。
 鬼丸は終始、興味なさげに僕のプレイする画面を眺めていた。
 終わったから帰ろう、という提案に特に反論しなかったことから察するに相当飽きた様子だった。
 
 「あー……、帰って寝るかな」
 前方を歩く鬼丸が伸びをしながら怠そうに呟いた。
 「いや、勉強しなよ。鬼丸、明日も赤点ヤバいだろ」
 言って勉強するタイプではないにしても、言わないわけにもいかない。
 赤点常連かつ出席が足りない鬼丸は、毎回留年やら退学やらの危機なのだ。
 学校側が鬼丸の事情を汲んでくれる多少特殊な部分があるとはいえ、かばいきれなく可能性だってあるのだから、少しでもその可能性を減らしておくべきだ。
 そんな心配している周りをよそに、当の本人は呑気に欠伸。
 「めんどくせぇな……」
 「めんどくさいって……」
 「あー、今日そういえば桜が見張りに来るって言ってたな」
 「え、じゃあ早く帰ってあげなよ。桜ちゃんたぶん待ってるよ」
 世話焼きな鬼丸の彼女――八重咲桜(やえざきさくら)はわざわざ鬼丸の家で見張るつもりらしい。
 文句を言いながら木元邸で待っている彼女が容易に想像できて、ちょっと笑ってしまう。
 口うるさく世話を焼く彼女と面倒臭がりの鬼丸の組み合わせは見ていて面白い。
 もちろん彼らがぴったりだと思うからだ。
 鬼丸も待っている桜ちゃんを想像したようで、ため息を吐いていた。
 「まぁ……そぉだな。待ってるだろうな……」
 「絶対待ってるよ」
 「待ってるだろな……」
 面倒くさそうに呟きながらも足は帰路に着いている。
 桜ちゃんを放っておくほうが面倒臭いことになるからだろう。
 
 
 気が付けばいつもの交差点だった。
 鬼丸と別れる、いつもの交差点だ。
 「じゃあね鬼丸。あんまり桜ちゃん心配させないようにね」
 「おーう」
 鬼丸は適当な返事をしてダラダラと歩いていく。
 足取りは重いが、まぁ大丈夫だろう。
 あとは桜ちゃんに任せればいい。
 鬼丸の後ろ姿に笑って僕も帰路に着く。
 「あぁ、そういえば、家に食材がないっけ」
 思い出して、近所のスーパーに立ち寄ってから帰ることにする。


3/
 片手に買い物袋をぶら下げながら、夕暮れの帰路を歩く。
 自宅に続く坂道は展望が良くて、帰り道の細やかな楽しみの一つであったりする。
 いつも同じに見える景色でも、同じ景色は二度と見られない。
 昨日の景色も今日の景色も明日の景色もきっと違うものだろう。
 
 ヒトとは違う時間を生きる僕にとっては、人々の営みによって揺れるその細やかな違いがとても尊いものに思える。
 たとえ、一瞬だとしても、僕は『東崎燈也(あずまざきとうや)』として生きられることが嬉しい。
 木元鬼丸と出会えたこと、八重咲桜と出会えたこと、学校のみんなと出会えたこと。
 今の全てのヒトとの、その瞬きの間の交わりが僕の大切な物だから。
 
 陽炎のようにオレンジの日が揺れる。
 
 焔が揺れる。
 
 燃え尽きた後の
 真っ白な灰に
 想いが宿ることを願う

                                 完


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