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嵯峨野綺譚  京都嵯峨野を舞台にした奇妙な物語集

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京都 嵯峨野を舞台に物語をいくつか書いてみました。 「観光地 嵯峨野」のイメージとはまた違った嵯峨野の貌をみていただければ幸いです。
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2016年8月の記事一覧

嵯峨野綺譚 ~篁(たかむら)の井戸  最終回~

嵯峨野綺譚 ~篁(たかむら)の井戸  最終回~

 シャリン、シャリン。鉦の音が近づいてくる。鉾を先頭に神輿が続く長い隊列は御旅所を出て通りを北上してくる。たいして広くない通りの両側には見物客がひしめいている。
 よく晴れた5月の空の下を、祭りの列はゆっくりと進んでくる。
 鉾の長さは電柱の高さを超える。男性の脛くらいの太さがあって先端には鉾の切っ先が、その下には金色の房飾りがあって鉦がついている。さらに幟まで下がっているので相当な重さだ。これを

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嵯峨野綺譚 ~篁(たかむら)の井戸 vol.2~

嵯峨野綺譚 ~篁(たかむら)の井戸 vol.2~

 「高校のとき、うちの両親離婚してさ。リョウくん、知らんやろ?その頃のこと」
 「ああ、そうやなぁ・・・。」
 居酒屋を出て皆が解散した後、僕はなんとなく久美子と一緒に歩いていた。すぐに診療所の前まで来た。
 「お母さん、看護婦の資格持ったはったから、ここで働きださはったんよ」
 久美子とは中学、高校と一緒だったが特に親しかったわけではない。特段美人というわけでもなく、自己主張するタイプでもなく、

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嵯峨野綺譚 ~篁(たかむら)の井戸 vol.1~

嵯峨野綺譚 ~篁(たかむら)の井戸 vol.1~

 どこか甘い香りのする晩春の夜の空気に乗って「シャリン、シャリン」と鉦の音が聞こえてくる。久々に聞く鉦の音だった。
 僕は鉦の音のする御旅所(おたびしょ)の方に向かって歩いていた。

 5月の下旬は嵯峨の地にとって祭りの季節。愛宕山頂にある愛宕神社と渡月橋にほど近い野々宮神社の合同祭が行われる。
 鎌倉時代に遡るという古い祭りだが、戦後は廃れて神輿の担ぎ手もいなくなり、神輿を載せたトラックが嵯峨一

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嵯峨野綺譚~空電の彼方~

嵯峨野綺譚~空電の彼方~

 嵯峨野に降る夕立は二方向からやってくる。丹波山地を越えて愛宕山の方からやってくる夕立と、嵐山を越えて西方、北摂の山伝いにやってくる夕立と。
 土地の古老に聞くと「そらアンタ。嵐山のむこ(向こう)からくるヤツのほうがキツイがな」

 さっきまで、その嵐山の向こうからきた猛烈な夕立が降っていた。いつもなら夕暮れ時の残光が嵯峨の野を照らす時刻に、数時間早く夜が訪れたように空が掻き曇り、生暖かい風が数陣

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