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平等と公平の違いを考察してみた

平等と公平の違いって判りますか?

これは非常に難しい問題であり、
世の中は様々な場面において
不平不満であふれています。

この問題を解決するために
以下の3つの問いから
私なりの考察をしてみたいと思います。

Q1
以下の絵を見て、あなたならどうしますか?

野球観戦で身長の差がある人に対して
どのような配慮が必要か考えてみてください。

「平等」を表す絵

Q2
誕生日ケーキを分けるとき、
公平にするにはどうすれば良いと思いますか?

ケーキを分けるとき、誕生日のこどもと
それ以外の兄弟や親に対して、
平等に分ける、公平に分けるの差を
考えてみてください。

引用元:http://shisly.cocolog-nifty.com/blog/2015/04/post-378e.html

Q3
子どもの教育を考えるとき
平等と公平をどう使い分けると良いでしょうか?


個人にはどうしても能力に差があります。

それでも、中学校までの義務教育
ある程度「平等」を意識した教育になることは
不満がある人も多くいるものの、
一定の理解をお持ちではないでしょうか?

しかし、その先は全く違います。

日本の場合、人種、性別などの理由で
教育の機会が制限されることはありませんが、
(ここは平等な部分)
親の事情で差が生まれることが多いでしょう。
(ここは不平等な部分)

あなたが高校受験を控えている親だとして
こどもの教育をどのように考えているか
想像してみてください。

引用元:https://news.livedoor.com/article/detail/10913980/

段々、難しくなってきますよね?

私も絶対に正しい答えはもっていません。
これは違うんじゃないかな?
と思う部分から、個人としての答えを
導き出したいと思います。


1.一般論から解説


最初にあった野球観戦の絵は
右側をあえて消しているのですが、
有名な絵なので、知っている方も多いと思います。

答えは図の通りで、
こうすれば全員が公平に野球観戦を楽しむことが
出来るようになりますよね。

左から「平等」、「公平」

ただ、この図はさらに続きがあって
壁の方を取り除くという方法もあります。

ただ、こうすると危険ですよね?
大人はともかく、こどもの安全性が損なわれます。

なので、こうするなら「透明の壁」という方法が
一つの答えになると思いました。

左から「平等」、「公平」、「解放」


2.多くの人が納得いく事例


それではケーキの場合はどうなるでしょうか?

下図のケーキは
・スポンジケーキ(本体)
・いちごのフルーツ
・チョコレートの誕生日プレート
この3つで構成されています。

引用元:http://shisly.cocolog-nifty.com/blog/2015/04/post-378e.html

平等にするということは
ケーキ、フルーツ、誕生日プレートを
すべて等分に分けることを意味します。

そうすると、こどもの心情としては…

「これは自分の誕生日ケーキだから
 チョコは割らないで!」
とならないでしょうか?

目先のケーキを平等に分けるということに
固執すると、せっかくのお祝いのプレートも
「写真に収めたからこれで終わり」となり

親は満足かもしれませんが、
こどもはちょっと複雑な気分になっている…
そんなサインを見逃しかねません。

では「公平」の視点で見るとどうでしょか?

私の意見は以下の通りです。

誕生日のチョコプレートは誕生日のこどものもの
・それ以外は等分に分ける
・誕生日は年に1回等しく回ってくるのだから
 年間でみれば平等でもある

この理論なら、
納得感も大きいのではないでしょうか?

ただし、世の中の多くの物事は
こんなにシンプルでは進まないのです。


3.様々な意見があり、難しい事例


こどもの教育に話題を移します。

例えば、こどもの個性が
英語や社会は苦手だけど、算数や理科は得意で
PCやプログラミングに興味があるこども

だとすれば、

偏差値重視の学校選びをせず、
工業系高校やプログラミングの専門学校へ通い
適正にあった環境を整える。

このような考え方もできます。

それでも、普通の親はそうではなく
あくまで世間のいう「偏差値」という
平等」を重視しており、

偏差値が高い=偉い
偏差値が低い=偉くない

といった風潮が根強いです。

なぜ、そうなるのか?
色々と理由があり、世間体もあると思います。

しかし、それ以上にこどもの将来を
真剣に考えている親ほど、陥りやすい罠として

(終身雇用や年功序列があった時代の
 教育を受けてきた親世代に残っている)

「選択の機会を増やすなら
 高学歴の方が圧倒的に有利」

というバイアスから抜け出せない。
これが原因ではないかと思います。

医者や弁護士、コンサルタントを目指すなら
ちょっと話が変わってくると思いますが、
多くの場合は学歴がすべてではないといって
問題はないかと思います。

こどもたちの個性を生かし、
将来のビジョンをどのように描くのか?
公平」な教育の機会とは何か?
様々な意見がありそうな気がします。

次に、かつては、
親の経済事情で教育の機会が損なわれ、
貧困が連鎖するという

議論が行われてきました。

そこで授業料の無償化の施策が導入されて、
徐々に経済的な負担による教育格差が
是正される方向へ進もうとしています。

それでも私は平等な機会は提供できるが、
教育が「公平」にならないと考えています。

なぜなら、

親がこともの教育に関心がない
あるいは
親自身の言動や行動が
こどもに悪い影響を与えている

そのような親によるハンデは
こどもたちが選ぶことはできないから
と考えています。

この意味を理解できないという人は
周りにそんな親が居ない地域に
住んでいるのではないでしょうか?

子は親の鏡」といいます。

・親がだらしない生活習慣を送っている
・こどもが宿題している横で
 酒に酔って寝てしまっている
・親の無知が原因でこどもの夢や関心を
 理解できず、応援してあげられない

このような現実があるから、
「公平」にはなり得ない。
親がガチャは確実に存在する。
これは事実だと思います。

また、国の政策でできる範囲は
無償化等による支援までであり、
平等」を目指すで良いと考えています。
(所得による金額の格差は「公平」ともいえる)

だから、親は勉強や部活、
周りとの人間関係など頑張っているこどもに
理解を示してあげて欲しいと思います。

決して、兄弟や友達と比べずに
一人ひとりの個性を
公平に見てあげてください。


4.企業の社員教育も同じ


平等にすべきもの
公平にすべきもの
使い分けることが重要である。

これが私の主張したい内容です。

そして、この話は企業における
社員教育でも同じことです。

平等」を意識しすぎると
優秀な人材から辞めていきます。

能力の低い人を基準にしてものごとを決め、
不平等が生まれないように配慮が入るため、
能力の高い人が不満をもつためです。

公平」を意識しすぎると
管理がとても煩雑になります。

業務量だったり、質の負荷において
優秀な人材とそうではない人材へ差をつけ、
評価においても差をつける訳ですから、

部下の能力を理解し、公平にするため
説明責任を果たす必要が出てきます。

さらに、一定の不満は生まるため、
カスタマイズする羽目になるからです。

だから、社員の退職防止の施策として
1on1が注目を浴び、
部下とのコミュニケーションを取り、
これらをカスタマイズするという方法もあります。

また、

得意を伸ばす方針なのか?
不得意を是正する方針なのか?

社員満足度の向上に意識を向けるのか?
組織への忠誠心に意識を向けるのか?

言い出したらキリがないため
このあたりで止めておきますが、
組織運営においても、この平等と公平の
使いどころは難しいなと感じています。


5.本音の話


最近ベーシックインカムの議論があるが
この意見の本音は、

富の分配を平等した方が楽だから
貧乏人は黙ってお金を受け取り、
不平不満を言わずに大人しくしてください

と思っているのでは?と私は思うのです。

平等にすれば、不平不満がなくなる

これは本当に正しいのでしょうか?

今までも説明した通り、
これは「No」であると私は考えています。

ただ、

多くの人々が不満に持っていることは
平等だ、公平だと言う前に
下図が「現実」だからではないでしょうか?

引用元:https://thecultivator.jp/content/2021/05/31/1713/


如何だったでしょうか?

組織の運営にも役に立つ情報ではないか
と思い、色々と考察をしてみました。

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