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『HRテクノロジーで人事が変わる』解説note ~共著者の一人として、難しい問題をかみ砕いてみた~ ②第1章 採用における労働法上の留意点(前編)

まえがき

 「HRテクノロジーで人事が変わる」(2018年、労務行政)の「第3章 テーマⅠ 採用 労働法の視点から」(担当:倉重公太朗 弁護士)の執筆内容について「解説」します。

 あくまでもこれは「解説note」であり、元の内容を正確に、かつ、詳細に理解するためには上記の書籍を必ず購入頂くことを強くお勧めします。

1.「採用」の労働法的性質

【要点】
・労働契約が成立するのは「内定」の段階
・始期付解約権留保付労働契約の成立
・根拠となる判例は、大日本印刷事件(採用内定の取消し)

採用の性質

 上記のような採用プロセス中、「内定」のところで労働契約が成立する。労働契約とは、「労働者が使用者に使用されて労働し、使用者がこれに対して賃金を支払うことを内容とする労働者と使用者の間の契約」である(労働契約法6条)。

 ところで、どうなったら「内定」といえるのか、ということ自体が曖昧であるが、「内定式内定受諾書の取り交わしなどの正式な手続き」が行われることが必要とされている。ここまでして、ようやく「契約が成立した」といえるのである。
 内定の法的性質は、「始期付解約権留保付労働契約の成立」である。

【解説】
始期付
法律行為の効力が発生し、または債務の履行を請求できるようになる期限の開始日が決まっていること。
解約権留保付
契約開始日までの間、「場合によっては雇用しない」という権利を保持しているということ。

【判例の紹介】
大日本印刷事件(採用内定の取消し)
(昭和54年7月20日最高裁判決)

<具体的事案>
 総合印刷業のA社は、昭和43年に、翌年3月卒業予定者の新卒採用を行っていた。
 Xは、これに応募し文書で採用内定の通知を受け、誓約書に所要事項を記入して提出した。
 ところが、A社はXに理由を示さずに、Xの入社2カ月前に内定の取り消しを行った。
 その後、取消しの理由は「当初から感じていたグルーミー(陰気)な印象がぬぐえない。」ということであったとA社が明らかにした。
 Xは、取消しは無効で、従業員としての地位にあることの確認を求めて訴えを提起した。

<判決内容>
 採用内定の法的性質を判断するにあたっては、当該企業の当該年度における採用内定の事実関係に即してこれを検討する必要がある。
 A社からの募集に対しXが応募したのは労働契約の申込みにあたり、これに対するA社からの採用内定通知は申込みに対する承諾であって、Xの本件誓約書の提出とあいまって、これにより始期を昭和44年大学卒業直後とし、それまでの間、本件誓約書記載の5項目の採用内定取消事由に基づく解約権を留保した労働契約が成立した。
 採用内定期間中の留保解約権の行使は試用期間中の留保解約権の行使と同様に扱うべきである。
 採用内定の取消事由は、採用内定当時知ることができず、また知ることが期待できないような事実であって、これを理由として採用内定を取消すことが解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ社会通念上相当として是認することができるものに限られる。
(Xの主張が認められた。)

 ここで、具体的にHRテクノロジーが活用されるのは下記のような領域である。
募集、エントリー(例:AIエンジンが組み込まれたchatbotが応募すべきポジションをリコメンド)
書類選考(例:AIによるレジュメ読み取りとスコアリング)
選考手続(例:行動心理学や脳科学の知見を活用したアセスメント、ビデオ面接・録画面接)
オンボーディング(例:必要書類の提出等のタスク管理や、入社前研修プログラムのオンラインでの提供)

2.採用の自由

【要点】
・採用の自由は憲法上の権利
 →22条、29条で保障されている経済的自由の一環

・根拠となる判例は、三菱樹脂事件(採用拒否)
 →「企業における雇用関係は、単なる物理的な労働力提供の関係にとどまらず、一種の継続的な人間関係として相互信頼を要請することが少なくない。」
 →だから、HRテクノロジーを活用して精緻なスクリーニングをかけることができる。

・採否決定の理由を公開しない自由
 →ただし、「応募者体験」の向上の観点からは詳細フィードバックも必要ではないか。

 「採用の自由」は憲法上の権利であるとされている。
 それは、「経済活動の自由」が憲法22条29条等において基本的人権として保障されているからである。これは企業についても当てはまり、経済活動の一環として行われる「契約の締結」についても自由を有するとされる。採用も「労働契約」という契約の締結であるから、これも自由である、という理屈である。

【判例の紹介】
三菱樹脂事件(採用拒否)
(昭和48年12月12日最高裁判決)

<具体的事案>
 東北大学法学部を卒業したXは、三菱樹脂株式会社に、「3ヶ月の試用期間の後に雇用契約を解除することができる権利を留保する」という条件の下で将来の管理職候補として採用された。
 Xは採用試験の際に、「学生時代に学生運動に参加したことなどはないか」という質問に参加していない旨回答していたが、後にXが60年安保闘争に参加していたことが発覚し、試用期間満了の際に三菱樹脂株式会社は本採用を拒否した。
 これに対しXは、雇用契約上の地位を確認する訴えを東京地方裁判所に起こした。

<判決内容>
 憲法は19条や14条で、思想、信条の自由や法の下の平等を保障すると同時に、他方、22条、29条等において、財産権の行使、営業その他広く経済活動の自由をも基本的人権として保障している。それゆえ、企業者は、経済活動の一環としてする契約締結の自由を有し、自己の営業のために労働者を雇用するにあたり、いかなる者を雇い入れるか、いかなる条件でこれを雇うかについて、法律その他による特別の制限がない限り原則として自由にこれを決定することができるのであって、企業者が特定の思想、信条を有する者をそのゆえをもって雇い入れることを拒んでも、それを当然に違法とすることはできない。
(★Xはその後復職し、三菱樹脂の100%子会社であるメンテナンス会社「ヒシテック」の社長の地位にまで登りつめた。)

 上記判例では、企業側がこれから雇用しようとする者について、企業の中で円滑な運営の妨げとなるような行為や態度に出る恐れがないかに関心を持ち、採用決定に先立ってその者の性向、思想等の調査を行うことが許される理由については次のように述べられている。
企業における雇用関係は、単なる物理的な労働力提供の関係にとどまらず、一種の継続的な人間関係として相互信頼を要請することが少なくない。
 ということは、HRテクノロジーを活用して精緻なスクリーニングをかけることができる、ということの根拠にもなるであろう。

 また、採用の自由が保障されているということは、どのような理由で採否を決定したかを公開しない自由も含むといわれている。

【判例の紹介】
慶応大学附属病院事件(不採用の理由の説明義務)
(昭和50年12月22日東京高裁判決)

<判決内容>
 労使関係が具体的に発生する前の段階においては、人員の採否を決しようとする企業等の側に極めて広い裁量判断の自由が認められる。
 企業等が人員の採否を決するについては、それが企業等の経営上必要とされる限り、原則として広くあらゆる要素を裁量判断の基礎とすることが許される。かつ、これらの諸要素のうちいずれを重視するかについても原則として各企業等の自由に任されている。
 しかもこの自由のうちには、採否決定の理由を明示、公開しないことの自由をも含む。
 たとえば、企業等がある学校の卒業生の採否を決するにあたっては、
・その者の学業成績、健康状態等
・その者の一定の思想信条に基づく政治的その他の諸活動歴
・政治的活動を目的とする団体への所属の有無及び右団体員であることに基づく活動
・これらの活動歴に基づく将来の活動の予測
・これらの点の総合的評価としての人物、人柄が当該企業の業務内容、経営方針、伝統的社風等に照らして当該企業の運営上適当であるかどうか
ということ等、広く企業の運営上必要と考えられるあらゆる事項を採否決定の判断の基礎とすることが許される。
 しかも、学業成績等と前記の意味での人物、人柄についての評価といずれを重視すべきかということも、原則として企業等の各自の自由な判断に任されている。

 そのため、「企業としては不採用理由の開示義務はなく、『総合的判断の結果』や、『これからのご活躍を祈念いたします。』といったいわゆる『お祈りメール』のような内容でも構わない」とされている。

ガイドライン

 しかしながら、上記の点については大きな論点が潜んでいると考える。
 現在、HRテクノロジー・コンソーシアムが主導して「人事データ活用ガイドライン」を策定中であり、「採用」領域に関する「個別ガイドライン」についてはすでにリリースされている。

 ここでは論点の提示を行う。
 不採用理由の開示義務はないとされる以上は、わざわざ不採用の理由を詳細にフィードバックすることは紛争の元にもなるため避けるべきとも思える。他方で、「応募者体験の向上」という観点からは、よりパーソナライズされたフィードバックコメントを織り交ぜながら不採用の通知を行うことが必要となるケースもあるだろう。
 そこで、ガイドライン策定の必要があると考える。

<ガイドラインのポイント>
・不合格理由をどの程度まで詳細にフィードバックすべきか
・どのようなデータを根拠とするか
・どの範囲までのデータを開示するか

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【講座の目的】
「データとテクノロジーを駆使した新たな人事」への進化が真に求められています。ただしその「進化」の過程では、留意すべき事項も多々あります。特に昨今注目され始めているのが、個人情報保護とプライバシー保護の問題です。さらに労働法に関連しても様々な論点があり、多くの日本企業はこれらに対して十分な対策を取れていないというのが現状です。

人事に関わる者として最低限押さえるべき留意点とは何か?それらをクリアするための方法と実践的なステップは何か?
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【講座の特徴】
・HRテクノロジー領域のキャリア10年以上
・ロースクール修了
の講師が、テクノロジーの活用推進に主眼を置きながらも法的な問題点を「事業会社の人事担当者目線」で分かりやすく解説します。また、「人事データ活用ガイドライン」の策定にも関わることが出来ます。

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