なぜ自分が「なぜ」と思うのか
まど・みちお『100歳詩集 逃げの一手』(小学館)より
なぜって
なぜいうんだろ
だからこそ
なぜなんだろ
まど・みちおさんについて
本題に入る前に、少しだけ、詩家まど・みちおさんについてご紹介したいと思います。
まど・みちおさんの詩で誰もが知るものと言えば・・・
「ぞうさん」
ぞうさん ぞうさん おはながながいのね
です。また
「やぎさんのゆうびん」
しろやぎさんから おてがみ ついた
くろやぎさんたら よまずに たべた
ほかにも「一年生になったら」も有名ですね。
つまり、まど・みちおさんの作品は、小さいころから知らず知らずに覚えていた作品であるというところでしょうか。
小学生・幼稚園児でも口ずさめるほどに簡単な言葉で綴られる彼の詩は、どこか簡単であるがゆえの奥深さがあるように思うのです。
なぜって なぜいうんだろ
なぜって
なぜいうんだろ
だからこそ
なぜなんだろ
まど・みちお『100歳詩集 逃げの一手』(小学館)
閑話休題。というわけで、改めてこの詩。
「なぜってなぜいうんだろ」
なぜなんですかね。
まどさん自身も「だからこそ なぜなんだろ」という言葉で締めくくっている以上、答えを出すことに意味があるかは分かりません。
ただせっかくなので少し自分なりに掘り下げてみたいと思います。
表現を少し整理する
「なぜって なぜいうんだろ」
には私の考える限り、二つの問いがあります。
①なぜって、なぜ「なぜ」という言葉で表現するんだろう
つまり、なぜの語源について。
②人はなぜ、なぜと口にする・問いかけるんだろう
つまり、なぜと疑問に思うことについて
なんか「にわにわにわにわとりがいる」みたいになってしまいましたね・・・
語源は言語学者に任せるとして、今回は②についてです。
答えの見えない問い
私自身、「なぜ」を常に持つことは大切であると思って生きてきました。
そう思い続けてきたせいか、なぜ自分が「なぜ」と思うのかなんて考えもしなかったです。
少しこのような考え方に行きつくと、普段以上に色々なものが目に付くもので、島で川や海を見るたびに、
なぜ川は流れるのか?
なぜ波はやってくるのか?
と、哲学者もどきみたいな気分になるわけです。
答えはネットを調べればわかるのでしょうが、ネットを調べてもわからないのは、
なぜ自分は「なぜ川は流れるのか?」「なぜ波はやってくるのか?」と思ったのか?
という問いなのです。
答えは見つかるのか?
「なぜ」と疑問を持つのは、人間として本能である!
なんて答えもありそうですが、それでは腑に落ちないんですよね。
仮にそうだとしても、もしそれを答えにしてしまうと、せっかくの思考の広がりを止めてしまうように思うのです。
もし自分が疑問を持つことが嫌いだったら、「なぜ」と思うことすらないのでしょうか?
考えれば考えるほど答えの出ない沼にハマっていくような問いです・・・。
案外、小学一年生のようなフレッシュな脳の持ち主の方が明確なヒントを持っていそうな気もしています。
なぜ自分が「なぜ」と思うのか?
今、私も「だからこそ なぜなんだろ」という迷路に迷い込んでいます。
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結局この記事で、私は何を伝えたかったのか・・・
今思うのは、何となく思うのは、読書に疲れたら、読詩もアリなんじゃないかと・・・
というわけで、本日はこれにて!
ご清読ありがとうございました!
というわけで、次回は週明け月曜日!
宜しくお願い致します!
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