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Episode 423 潤滑油ではなく塩水です。

会社の内部研修があって、久しぶりに「音読」ということをしたのですが…私は苦手なんですよね、音読。
子どもに読み聴かせる以外で声に出して読むって、学生時代以来かなぁ。
図書館とかの朗読会とか、行ったことないもの…聴くの苦手だし。
そもそも文字が苦手だから、図書館自体が…ね。

私には文字が記号に見えてしまうような奇妙な現象があります
それは疲れている時や、読むというインプットと同時にアウトプットしなければならない「音読」とか「朗読」とか言われるマルチタスクの時に現れやすいのです

かな文字の日本語は、特殊な音便を除けば「完全な表音文字」で、文字が指定する発音通りに声に出せば耳から聞こえる言葉として成立するワケです。
これがね、私には音を現わす発音記号にしか見えなくなるのです。
それが現れやすいのが、インプットとアウトプットを同時にしなければならない「音読」や「朗読」ってワケです。
文字を音にして口から発するだけで精一杯、意味を汲むだけの余裕が…ありません。

普通、講義や研修で行われる音読って「理解を深めるためにする」もののハズなのです。
「大事なことだから二度言いました!」と同じ類のヤツね。
定型の方は、これが普通にできるのでしょうね…声に出して言えば、見るインプットと話すアウトプットで「理解力2倍」みたいな感じ?
私の場合…文字を見るインプット情報を話すアウトプット情報に受け渡すだけで作業メモリを奪われて、何も残らないのですけどね。

実は音読をするのも苦手なのですが、私は音読を聴くのも苦手です。
だって、音読ってプロジェクターやテキストに書かれた内容を読み上げるってことでしょ?
書いてある文字を理解しようとしているのに、横から音を入れないで!

以前お話ししたことがあるのですが、私は聞くと文字とのどちらが苦手かと言うと…間違いなく文字です
文字は音声変換した上で脳内インプットして画像処理です…私の場合
書いてある内容を周りの人が読むということは、私の「文字→音声変換」処理を妨害する行為です。
私にとって「見る」が稲妻のスピードで飛び込んできて一瞬で脳内に記憶として焼き付くデジカメなら、「文字や音声」は雷鳴で、脳内に映像保管するまでに現像処理が必要なフィルムカメラなのです

汚い表現をして申し訳ありませんが…。
そのくらい苦労して手に入れた音声・文字情報が「クソ」だったら…という想像ができますか。
一生懸命に聞いた内容がたわいもない雑談の場合、労力に見合うだけの実がないワケです。

聴覚過敏/鈍麻があり、圧倒的な視覚優位な私が雑談に参加しないのは、会話に興味がないから…もあるかもしれませんが、疲れないようにするという自己防衛であるというのが本当のところ。
人は嫌いじゃないのですが、なかなか理解されないのです…これが。

旧ブログ アーカイブ 2020/4/12

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