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ちょっぴりダメな人が集う喫茶店「みよし」①

よく晴れた昼下がりだった。雲一つない空にギラギラと輝く太陽がこちらをにらんでいるのに、世の中はまだ冷気に包まれていた。

かじかんだ指先に息を吐きかけながら寂れた町の中を歩く。ふと、古びた看板が目にはいる。「か、、お商店」と文字が剥げてしまっている。おそらく昭和の頃から掲げられているのだろう。今にも落ちてきそうな雰囲気だ。

一体ここはどこなんだ? 私は立ち止まってスマホを取り出す。グーグルマップのアプリを起動し、現在位置を確認する。「みよし?」どうやらこの町は”みよし市”というらしい。初めて訪れた場所だから全く土地勘がないのだが、なんとなくこの辺りには何もなさそうだという雰囲気は感じていた。実際、グーグルマップを眺めていると、この周囲にはとくに観光名所も商店街もコンビニすらなかった。ただひたすら古い建物が立ち並んでいるようだった。

私は少し後悔し始めていた。もともと、今日は大学のサークルでバーベキューをするためにここに来たのだ。ようやく一年生が終わる頃だというのに、私はいまだにサークルの雰囲気になじめていなかった。

アニメの影響でロックバンドに興味を持った私は、なんとなくの気持ちで軽音サークルに入った。高校生活ではあまり青春を謳歌できなかったため、大学では気の合う仲間を見つけ、一緒にバンドを組んで熱い青春を送る予定だった。

しかし、実際にサークルに入ってみると、”軽音”とは名ばかりの集まりだった。まともにバンド活動をしている人はほとんどおらず、いたとしても片手間に遊びでやっているような人たちだけだった。

別にサークルの”本気じゃない”感じが嫌いなわけじゃない。私自身、楽器を始めたばかりの素人だし、音楽で飯を食っていこうなんて立派な夢があるわけでもない。ただ楽しく大学生活を送りたいだけだ。

私を最も幻滅させたのは、サークルの中に蔓延している”リア充ノリ”だった。毎日のように飲み会があるのはもちろんのこと、サークル棟の中で無断で焼き肉をしたり、博打をしたり、セックスや薬物をやっている輩もいた。

村上龍の小説に出てくるような退廃した彼らを見て、私はこの集団になじめないと直感した。まるで肉食動物だらけの動物園に放り込まれた子ヤギになった気分だった。

ある日、私はサークル棟の中で赤い髪をした先輩に呼ばれた。いつも黙々と楽器の練習をしている自分に話しかける人なんてほとんどいなかったから、その時は少し驚いた。戸惑いながら先輩についていくと、あまり人気のないロッカールームに案内された。先輩はロッカーの中から小包を取り出し、「お前、いつも頑張ってるからな。やるよ」と私に投げ渡した。

私は普段の努力を見てくれている人がいたのかと感動し、礼を言って小包を開けた。すると、すぐに悪臭が鼻についた。中を見てみると、そこには人の糞らしきものが入っていた。私が驚いて小包を落とすと、わっと大勢の笑い声が部屋中に響いた。どうやら私に対するドッキリを皆隠れてみていたらしかった。

心を踏みにじられたように感じた私は、無言でその場を立ち去った。それからというもの、あのサークル棟へは近づかないようになった。サークルの人たちもとくにそれを気に留めなかった。しかし、ある日突然、教室で「今度軽音でバーベキューやるからよかったら来なよ。簡単なライブとかもやるみたいなんだ」と同学年の生徒に誘われた。

正直気乗りしなかった、というか行きたくなかったがライブをするというのが気になり、一応参加してみることにした。

当日は現地集合で、一年生は朝7時に集まってバーベキューやライブの準備をすることになっていた。私の始発の電車に乗って会場となるビーチへ向かったのだが、集合時間から一時間を過ぎても誰一人こなかった。一応、待っているだけというのは手持ち無沙汰なので、できる範囲で準備をしていた。

しばらく一人で作業していると、私を誘った生徒が現れ「お、ほとんど終わりそうじゃん」と笑みを浮かべながら言った。「集合時間、7時だよね?」と聞くと、「ああ、そうそう、みんな寝坊したみたいでさ。でもお前がいて助かったよ。あとは楽な仕事しか残ってないもんな」と私の肩に手を置いた。

その言葉を聞いて、自分がどういう理由で呼ばれたのか察した私は、ほとんど無意識のうちに足元の砂を手に取り、その生徒の顔めがけてぶちまけた。突然の出来事に対応できなかったらしく、両手で目をふさいで悶絶しているそいつを尻目に、私はどこへ向かうでもなく立ち去ったのだった。

それから一時間ほどフラフラと歩いていると、この寂れた町に迷い込んでしまった。歩き続けたことで少し気持ちが落ち着いてきてはいるが、いまだに胃の底が焼かれるような黒い感情が体の中にくすぶっていた。

この先に何もなくたっていいや、と半ば投げやりな気持ちになってスマホをポケットの中に戻す。どうして自分の人生はいつもこんなことばかりなのだろう。遠くに見える山々が私を哀れな目で見下ろしているような感じがした。

それからしばらく歩き、もうそろそろ引き返そうかな、と思ったとき、突然その喫茶店は現れた。

「純喫茶みよし」

廃業しているであろう古い美容室の横に、こじんまりと看板が出ていた。その看板がなければ、決してそこに喫茶店があるとは気づかないような外観だった。

本当にやっているのか? なんとなく気になった私は、中を覗いてみた。店内は薄暗いが、カウンターに人影が見える。テーブルにはメニューらしきものが置かれているから、営業しているのかもしれない。さすがに歩き疲れた私は、勇気を出して店の中に入ることにした。

大事なお金は自分のために使ってあげてください。私はいりません。