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大阪、冬の高架下、占い師はかく語りき

本記事は前に投稿した話の前編と後編を合わせたものです。
大阪、冬の高架下、占い師はかく語りき_前編
大阪、冬の高架下、占い師はかく語りき_後編


大阪の高架下のおばちゃん占い師に占ってもらった話。


いつかの二月のことである。
先生のシンポジウムの付き添いで大阪大学に訪れる機会があった。
通過したことはあったが、大阪自体に用があることは今までなかったので、シンポジウムが終わったのち、観光がてら夜の街を彷徨うことにした。

夜の街が好きである。一見、視界は電気に照らされて明るいのだが、街灯が生み出す影は不自然で、建物の影は異様に暗くて。都会特有の闇は田舎の夜とはまた違った不気味さで、ある種の興奮を催す。


そんな街の中でも特に深い闇に包まれた場所、御堂筋線の高架下にぼろい机と白熱灯を構えた中年のおばちゃん占い師が座っていた。占いやオカルトの類は割と好きな方なのだが、そういえば今まで一回も占ってもらったことがなかった。ここであったも何かの縁かと思い占ってもらうことにした。

すみません、占ってくださいと声をかけると、
何を占ってほしい?とおばちゃんに問われた。
よくわからなかったが、とりあえず手相を見てもらうことにした。

手相を神妙な顔で眺めながら一言。

あんた、資格みたいなの取ろうとしてる?

まさにその通り。
当時の私は大学院の博士課程に進学するつもりだった。
恐る恐る、その通りです。と答えた。

絶対に取った方がいいよ

刺された。

地元の同級生たちは大半が真っ当に働いていて、早い人は結婚もしていて。
大学の先輩、同期はみんな早く世間に出たい、自分で金を稼ぎたいと常々言っていた。博士は先が見えない、その先どうするの、と。

おばちゃんに言われてはじめて気づいたのだが、自分の自覚以上に博士に進むという選択に対して迷いと不安と葛藤があったらしい。
きっと私は誰かに自信をもって背中を押してもらいたかったのだろう。

なんとなく、何でもいいから、何かを極めてみたかったという曖昧な理由で進学を決めた私にとって、一番欲しかった言葉だった。


この人、実はすごい人なのではなかろうか、
そう思ったところで次の言葉。

あんたは海外に行った方がいいね

追撃。

実は博士の先輩たちや准教授の先生に海外も進められていた。

まずは英語によるコミュニケーション能力の開発。

私はとにかく英語ができなかった。
とえっくは毎回勉強しても300点前後。
学会の受け答えも一切できない。
中学生レベルの会話もできない。

研究の世界でこれは致命的である。

そして、単純に海外のやり方、合理的な思考も学んだ方がいいという。徹底的な実力主義の下で揉まれるのもいいだろうという話だった。

だが、日本から出たくなかった。

英語を見るだけで体調が悪くなってくる人間が海外で生活できるわけないだろうと。

しかし、このおばちゃんの宣告だ。
ちょっと信じてみてもいいんじゃあないかと、
そう思えた。

そうか。
うん。機会があったら絶対行こう。

勇気をありがとう、おばちゃん。
いや、占い師様。

「うん、大丈夫。きっとうまくいくよ。」と占い師様は続ける。


しかしここで占い師様の言葉に影が差す。

君は幸運の星の下に生まれてんで
今までの人生、ツイてること多かったやろ。

・・・

微妙。

どちらかといえば運はない方だと思っている。

面倒役は必要以上に背負わされてきたし、美味しい役とは縁がなかった。今までの人生で運で必要以上のプラスを得たことはたぶんなかったような気がした。

ただ、要所要所の大きな選択では失敗をしたことがなかった。受験とか、金銭的な問題とか、取り返しのつかないような場面では実力以上の結果が出せたり、ラッキーがあったり、確かに悪運が強いところはあった。ずっとそこそこ恵まれた環境で育ったというのもあって、綜合的に考えると、まあ、幸福の星に生まれたというのも強ち外れでもないのかもしれない。

一応の納得はしたものの、この一言は占い師さんへの信頼に影を落とした。



そして、次の一言が決定打となる。

君、恋愛苦手やろ

占い師さん、、、
いや、おばちゃん、、、

見た目で判断しただろう。

恋愛に関しては全くその通りなので何も言えないのだが、この考えが頭に浮かんだ瞬間、これまでの問答がすべて見た目と言動から判断されたものではないかという仮説が過ってしまった。そしてこの仮説は見事に嵌ってしまった。

資格はおそらく年齢から推測したのだろう。
2X歳学生だという話をしたので、社会に出る直前くらいという推測を立て、資格の話を出したのだ。そして私の返答から、取ろうとしている資格はそれ一本で、かつ悩んでいることを見抜いたのだろう。比較的思っていることが顔に出やすいのでやりやすかったに違いない。

海外に関しては一般論だろう。
しかし、或る程度インテリで進路を決めかねているという情報から、仕事で海外に行く可能性は跳ね上がる。さらに内向的で積極性に欠ける性格ときた、そしてあまり自分に自信があるようにも見えない。海外に行けば一皮むけるといえば少なくとも悪い印象は残さないだろう。

そして幸運の星。
これに関してはやや確証が薄いのだが、話し方と身なり、人当たりからある程度恵まれた環境で育ったことを見抜かれたのだろう。自分があまり上品な立ち振る舞いをする人間だとは思えないし、服装もややくたびれたスーツだったので、正直あまり心当たりがない。無自覚な甘ったれ感が出ていたのだろうか。

なるほど。
確かにすべての言葉はこれで説明がつく。
占いなんて所詮はまやかし。
これでも理系の端くれなので、オカルトを本気で信じていたわけではない。



ただ、私がおばちゃんに失望したかといわれると決してそんなことはなかった。

この占いは、おばちゃんなりのアドバイスと激励だった。

これまでいろいろな人間を見てきただろうおばちゃんが、私という人間を観察して、こういう悩みがあるのだろう、こういう言葉がいいだろう、と診療してよく効く言葉を処方してくれたのだ。おばちゃんの気遣いが、やさしさが、そこには確かにあった。














その後少し世間話をして、占いは終わった。

大阪、二月の高架下には冷たい風が吹いていた。
暗がりで30分程、じっと座って話していただけだったが、不思議と気分は明るかった。
易の神秘には触れられなかったが、人間の情に触れられた。
占いというもの悪くないものだ。


いい気分で席を立ち、お礼を言って去ろうとしたところ、
おばちゃんは最後にこう言った。



はい、二千円ね。




たっっけぇよ、ババア。



——終わり











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