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「私の死体を探してください。」   第8話

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 私が橋本良介にはがきを送ってからどれくらいだったでしょう? 一週間もしないうちに、大きな変化がありました。

 お義母さんが私たち夫婦のマンションにゲリラ訪問することがなくなったのです。

 あまりにも顕著に効果が出たように思えたので、橋本良介が現れたからではなく、お義母さんが突然死したのかもしれないと思った私は、その不気味さに思わずお義母さんに電話をかけました。

「あらあ、麻美さん、どうしたの?」

 電話の向こうのお義母さんの声色でとてもご機嫌なことがうかがえました。何かに高揚しているようにも思えました。

「お義母さん、体調はいかがですか? ここ数日、顔を見ていなかったので心配で」

「あらあ、そう? ちょっと忙しかったから」

「どこかにご旅行でもいかれてたんですか?」

「旅行? いいえ」

「でも、うちに来られなかったので、何かあったんじゃないかと心配していたんですよ」

「あらあ、嫌だわ、麻美さん、勝手に殺さないでちょうだい」

 電話を切ってから私は深々とため息をついたのを覚えています。

 橋本良介は私が想像していた以上の働きぶりなのだなあと感心したのでした。

 お義母さんのゲリラ訪問がなくなって、私はかなり原稿に集中することができました。ゲリラ訪問がなくなったので、当然、孫の話をされることもなくなりました。

 私は解放された気持ちでいっぱいでした。想像していたよりも、ずっとお義母さんは私のストレスになっていたのだと、その時初めて気がつきました。

 それから、一か月ほどたったころでしょうか? 私が橋本良介にはがきを送ったのが十二月、年が明けて一月になっていました。

 お義母さんからゲリラ訪問ではなく電話がありました。

 ずいぶん礼儀正しくなったものだなあと不気味に思いました。

「お義母さん、お久しぶりです。どうされてましたか?」

「私は元気です。あの、あのね、麻美さん、少しお願いしたいことがあるの。正隆には内緒にして欲しいんだけど」

 正隆さんに内緒で。と言われたとき、私の右側の口角が自然に上がりました。きっと誰かがそのときの私を見ていたなら、私にとてもいいことがあったのだろうと思われたでしょう。

 電話ですませてくれても良かったのに、お義母さんは私に会って話がしたいと言いました。話は外でしたいということだったので、自宅の近くにある、一度も入ったことのないカフェを選びました。

 待ち合わせの時間の十分前にカフェに入ると、お義母さんはもう奥の席に座っていました。以前のお義母さんより、少し化粧が濃くなっていました。いい傾向だと思いました。

「麻美さん、こっちよ!」

 お義母さんは私に手を振りました。

「正隆は今日はどうしているの?」

 正直に言ってしまえば、私は正隆さんが毎日どこで何をしているか知りません。でも、お義母さんだって本当はどうだっていいはずなので適当に答えました。

「麻美の執筆の邪魔になるといけないから。僕も題材を探したいしね」
 と私に言い残し、毎日どこかにでかけているのが日常でした。学生時代、創作サークルで出会ったころから正隆さんがいつ執筆しているのか分からないという謎がありました。

 まあ、私だってどこでも小説を書くことができます。パソコンがなくても、手書きでもスマートフォンでもかけますから、私が正隆さんが執筆している姿を見たことがなくても何も不自然なことはないのです。

「取材に行くと言っていたので、夕方までは帰ってこないと思います」

 私がそう言うとお義母さんはとても安心したようでした。

 コーヒーが運ばれてきてから、しばらくの間沈黙が漂いました。よく考えてみれば、私とお義母さんの会話のほとんどは、お義母さんからの一方的な家事の指導と、孫はまだか。という内容なので、それが取り除かれた会話というのは久しぶりの試みなのでした。

 私よりも困っているのはお義母さんでした。お義母さんが本当に言いたいことを突然言い出すのは気まずいようで、何かアイドリングトークをしたいようなのですが、これまで私に気を遣ったことのないお義母さんは、何を話していいのか分からないようでした。

 私はにっこり微笑みました。

「内緒話って、なんだかわくわくしていたんです。お義母さん、正隆さんに内緒のお話ってなんでしょう?」

 お義母さんは握りしめていたおしぼりを、たたみ直しました。そのもじもじとした様子に私はとても満足していました。お義母さんが初めて私に見せた態度だったからです。

「あのね、少し、用立ててもらえないかと思って」

「……お金ですか?」

「ええ。そうよ」

「お義母さん、何かトラブルに巻き込まれているんですか?」

「そんなことじゃあないの。ちょっとした投資をしているんだけど、もう少し上乗せしたいの。じゃないと今までがんばってきたのが無駄になってしまうから」

 ここですんなり出すのは、逆に疑われてしまうと思いました。そこまでお義母さんは甘いキャラクターではないと考えていたのです。



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