「私の死体を探してください。」 第9話
「ちょっとした投資って、具体的にはどんなものですか? 大丈夫ですか? 最近、詐欺とか、違法すれすれのそういった話もよくききますけれど、お義母さん、誰かにだまされているんじゃあ……」
お義母さんの顔が額まで真っ赤になりました。
「私が騙されてるって言いたいの!」
周囲の空気が凍りつくくらいの大声でした。カフェの店員の動作が止まってしまったことで、お義母さんは我に返りました。
「騙されているって言ったわけじゃあありません。お義母さんのことが心配なんですよ」
「心配しなくても大丈夫よ。ちゃんと返すからちょっと用立ててくれないかしら」
私はお義母さんから視線を外して上を見たり下を見たりして考えるふりをしました。
私の動作をお義母さんが目で追っているのになぜか快感を覚えました。
「分かりました。おいくら必要ですか?」
私がそう言うとお義母さんの目はらんらんと輝きました。まるで獲物を狙う鷹の目のようでした。
「百万円」
きりのいい数字を無心されるときは、本当は用心したほうがいいのです。数字が具体的でないということは、無心する本人が現状を把握できていないということです。どんぶり勘定が透けて見えるのです。
お義母さんは目の前のお金のことしか考えられなくなっている。そして、私に無心をするハードルを今お義母さんは飛び越えようとしています。このハードルは困ったことに一度飛び越えてしまえばどんどん低くなる。
私は最終的に、お義母さんに全部でいくら巻き上げられるのだろう?
困ったことになっているのに、自分でしかけたことである故に、興奮に似た高揚感に包まれました。
「分かりました。お義母さんの口座に振り込みますね」
「今から銀行へ一緒に行けないかしら?」
そんなに切羽詰まっているのか。と思うとゾクゾクしました。お義母さんは私がお金がないと言って断ったらどうしたのでしょう? もっと面白いものが見れたかもしれません。
ちょっと惜しいことをしたような気持ちになりましたが、きっとまだまだこれからチャンスはあるとも思いました。
でも、私は自分の病気のこともありましたし、お義母さんが私からお金を引き出すためにありとあらゆる手段と時間を使って、私を説得するという演目を見ることよりも、すんなりお金を出してお義母さんの存在を自分から遠ざけておくことの方が重要だったからです。
お義母さんから無心のメールを貰うたびにネットバンキングでお義母さんの口座に振り込みましたから、あの喫茶店に呼び出された日以来お義母さんには会っていません。
お義母さんがお元気なことはメールがくることで分かっていましたから、色んな無駄が省けて、私は自分の時間を沢山持つことができました。
お義母さんには全部で三千万……。
お義母さんの言葉で言うと用立てました。
お義母さんがこれをお読みになる時、おそらく孫のことはひとつも考えていないと思います。
お金。
お金のことで頭がいっぱいだと思います。
良かったです。いままで私が用立てたお金のことは気になさらないでください。もしも、お義母さんのご希望に私がこたえて三人子どもを産んでいたとしたら、それくらいのお金はどうっていうことはないんじゃないでしょうか?
お義母さんは正隆さん一人しかお産みになってないのに、私には3人は産めとおっしゃってましたね。未就学児でもできる計算ができなくなるのがずっと不思議でした。
なので今お義母さんがちゃんと計算できているかどうかはとても心配ですし、お義母さんがすべてを注ぎ込んだ「投資」から今すぐ手をひけるかどうかも分かりません。
橋本良介とお義母さんの関係までは私には分からないからです。
ただ、お義母さんには本当に申し訳ないなあと思っています。あれほど正隆さんには内緒にしていて欲しいとおっしゃっていたのに、私に無心していたことをこのような形で正隆さんに知られることになってしまったんですから。
でも、これで、正隆さんに心おきなく無心できるのではないでしょうか? ただ、一点心配なことがあります。私が死んだ今、正隆さんに動かせるお金はほとんどないことです。
私の死体はなかなか見つからないと思います。私が最後にお送りする最大のミステリーですから。一度も私の作品を読んだことがないお義母さんには分からないと思いますが、私のミステリーはまあ、なかなかのものなんです。
そう簡単には私の死体は見つかるはずがありません。
そうなると、私は行方不明扱いなので、今現在私の名義になっているものはひょっとしたら動かしにくくなってしまうかもしれません。
こうなってしまってはお義母さんにできることは二択だと思います。
橋本良介ときっぱり縁を切ること。
私の死体を真剣に探すこと。
どちらを選ぶかはお義母さんの自由ですが、私はお義母さんが私の死体を探すことを選ぶのを期待しています。
お義母さん、ぜひ私の死体を探してください。
どうか私の死体を探してください。
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