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「私の死体を探してください。」   第7話

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 それにはまずお義母さんの日常を想像するのが不可欠だと思いました。私と正隆さんが結婚して間もなくお義父さんは肝臓ガンで亡くなっていました。

 失礼かもしれませんがお二人はお世辞にも仲のいい夫婦とは言えませんでした。一見するとそうは見えないのがなかなかに厄介でしたが、正隆さんが教えてくれましたから。

 正隆さんが中高生のころが、お二人の関係は一番険悪だったとか。
 そんな関係の夫が亡くなったとしたら、明るい未亡人になってもおかしくはないと思いましたが、お義母さんの私に対する過干渉が酷くなったのはお義父さんが亡くなったころだったので、明るい未亡人にはなれなかったようです。

 もしかしたら、お義母さんはお義父さんに対するなんらかの感情が生きるための強いエネルギーになっていたのかもしれないと思いました。

 その抜けたエネルギーを私に立ち向かうことで補充していたのではないかなと思ったのです。

 まあ、本当のことは分かりませんが、平たくいうとお義母さんはお義父さんが亡くなって暇になったのだと思います。

 暇で、暇で、死ぬほど退屈だったから、私に孫が欲しいという感情をぶつけ続けたのだと思います。

 けれど、満たされない何かを孫で埋めるのはあまりにも危険だと私は思いました。

 猫や犬ではないのです。生きている人間の存在で何かを埋めようとするのは、常識のない私にでもまずいのではないかなあという想像力は働きます。
 それに私は子どもを産む気がありません。残念なことに正隆さんは一人っ子です。

 私が産まない選択をしている以上、お義母さんがその手に孫を抱く日は決してくることがないのです。

 そう考えてみると、私にも少しだけお義母さんに対する罪悪感が湧きました。

 だったら、お義母さんに孫に変わる何かを差し出してあげるのが私にできることだと思ったのです。

 お義母さんは孤独なのだと思いました。そして、暇なのです。退屈なのです。

 お義母さんの孤独を取り払い、暇と退屈を解消させる方法を私は思いついてしまいました。

 それまでも、推し活などで埋められたらいいのにと思って、観劇やコンサートなどにお誘いしましたが、お義母さんの食指は一切動きませんでした。
 お義母さんに何かのめり込めるものを提供してあげたい。心からそう思っていたところ、私のマンションに大学時代の知人が現れたのです。

 急に連絡をしてきた昔の知人。

 普通だったら警戒しますよね。

 だいたい可能性として考えられるのは、生命保険や、投資の勧誘、まあその程度ならなら序の口、ちょっと酷くなれば、マルチ商法。もっと酷くなればカルト宗教でしょうか。

 この日、現れた私の知人は化粧品のネットワークビジネスに私を勧誘しました。

 もちろん、丁重にお断りしましたが、その時ひらめいたんです。

 お義母さんの知人の中にも、手当たり次第に急に連絡をする人がいるのではないか? 

 そう思って、私はお義母さんのことを改めて興信所に依頼して調べてもらいました。

 そして、お義母さんの人生の中で一度くらいは登場したことのありそうな人の中に数人の該当人物を見つけ出しました。

 興信所の調査員は最初不振がっていましたけど、

「義母が資産を急に売却したんです。どうも、よくない人が義母の家に出入りしているようで……。そこにお金が流れている可能性があるのではないかと思うんですけど、心当たりがないものですから」

 と私が言うと、なるほど、と納得して、前のめりで調べてくれました。
 私は該当人物の中から候補を三人まで絞りました。お義母さんがどういう話で、どういう人に飛びつくのか分かりませんでしたから一人だけでは心許ないなと思ったのです。

 一人は男性で二人は女性でした。
誰にするのか最後の最後まで迷いましたが、思い切って一人しかいない男性にしてみることにしました。無口で実直なお義父さんとは正反対のタイプだったからです。

 まあ、一人目がだめなら、二人目か三人目にすればいいと思いました。

 私はその方のところに「同窓会名簿作成のお知らせ」と言う内容のはがきをお義母さんの名前と住所で携帯電話の番号も添えてお送りしました。

 きっとその方が喉から手が出るほど欲しいものだということが想像に難くなかったからです。

 もちろん、同窓会名簿作成など、お義母さんがするはずもないことですから、話がかみ合わなくなることは分かっていました。でも、そんなことはどうとでもなると分かっていました。要するに適当なきっかけさえあれば、お義母さんのもとにその男はやってくる。そうすればその男がどうにかするはずで、それにお義母さんの食指が動くかどうかはお義母さん次第だと思いました。

 男の名前は橋本良介といいました。お義母さんの中学校の同級生でした。

 彼はなかなかのやり手のようで、マルチ商法を立ち上げては潰し、立ち上げては潰しと繰り返しているようでした。組織が飽和状態になるとあっさりと他の人間に任せて飛んでまた新しい組織を作り、責任の所在をうやむやにしてしまう。実にずる賢い男です。

 橋本良介というのが元の名前ですが、婿養子に入ったり離婚したり、養子に入ったりと戸籍の履歴はぐちゃぐちゃでした。こんなことができているというのも、なかなか見所があるなあと思いました。

 彼の実際の名前は今はまた変わっているかもしれませんが、まあ、きっと中学校の同級生ですから、お義母さんの前では橋本良介と名乗ったことでしょう。

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