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「私の死体を探してください。」   第6話

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────森林麻美のオフィシャルブログ
            脳内ストリップ──────

※ このブログは事前に公開日時を設定しております。ブログが更新されたから、私が生きていると思い、安心されたかたがいらっしゃったら申し訳ないのですが、私が死んでいるという事実は動かせません。

 メッセージを残しておきたい人が数名おりますので、この場を借りたいと思います。

 少し長くなりそうなので、読むのが大変だと思いますから、ここからは動画でお届けしますね。

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 矢印の下の画面には、もう既に再生済みのカウンターが200件は越えている動画が埋められていた。麻美のブログの読者が再生した痕跡に他ならなかった。
 正隆と池上は顔を見合わせてから、頷き合うと、池上がゆっくり再生を押した。
 椅子に座った麻美がゆっくりお辞儀をして、読者にことの経緯を謝ってから、こう言ったのだ。
「書いているうちに短編一本分くらいになってしまいました」
 にっこり笑うその笑顔に、正隆と池上は寒けを覚えた。
 動画の中の麻美は、手紙を読みはじめた。宛名は正隆の母親だった。


 お義母さんへ

 お義母さんには大変お世話になりました。お義母さんと最初にお会いした時のことは今もはっきりと思い出せます。

 お義母さんは不機嫌を隠そうともしませんでした。なんて正直な人だろうと思いましたし、明確な敵意は私には助かりました。本当に怖いのは笑顔の裏側で何を考えているか分からない人間なので。ああ、お義母さんは私のことをそう言っていましたね。

「麻美さん、いつもそんなにへらへら笑って頷くばかりだけど、私の話、ちゃんと聞いているの?」

 いつも、ちゃんと聞いていました。私は家族に縁がない人生を歩んで来ましたから、どうも「母親」というものがどういうものか理解したいという好奇心でいっぱいでした。

 お義母さんは私に主婦業を徹底的にたたきこんで下さいましたね?

「あなたには常識がないから!」と言われました。お義母さんは「常識」という言葉がとてもお好きでしたね。でも、私はそう繰り返される度に、「常識」というものがどんどん分からなくなって来ました。

 お義母さんの言う「常識」はときには、ぐらぐら揺らぐものだったから。おもに正隆さんの言葉で揺らぎましたし、私がくだらないと思っているテレビの情報番組なんかでも揺らぎました。

 でも常識がどうのよりも、一番困ったのはお義母さんが孫が欲しいと言い続けることでした。どうしてでしょうね「孫が欲しい」という欲望の前では、普段上品ぶったお義母さんの口からとんでもなく下品でデリカシーのない言葉が飛びだすんですから。

「麻美さん、お仕事も大変結構なのだけれど、時間は有限ですよ」

 これはまだ優しい方でした。

「私も正隆を産んでから三島家の一員になれた気がしたものですよ」

 私は一度も三島家の一員になりたいと思ったことはありませんでした。

「まさか、セックスレスじゃないでしょうね? あなたが仕事ばかりするから、正隆がその気にならないんじゃないの?」

 セックスレスだとして、それがお義母さんとどう関係があるのでしょうか。正隆さんがその気がないのだとしたら、その責任は正隆さんにあって私にはないと思っていました。

 そして、実際セックスレスだったとしても、お義母さんに相談するはずがありません。私は薄々気づいていました。お義母さんの振りかざす「常識」とか「世間の目」だとかはお義母さんの感情次第でいくらでも変わる、架空のものにすぎないのだと。

 それでも、私はお義母さんと上手くやっていきたかったのです。

 だってお義母さんみたいな人、なかなかいませんから。私の好奇心はくすぐられました。 
  それにしても、どうしてお義母さんは一度も聞いてくれなかったのでしょうか?

「麻美さんは子どもが欲しくないの?」

 こう聞いてくれたなら、私は正直に答えたでしょう。

「子どもは私の人生の計画には一人も入っていません。欲しくないので、ピルを飲んでいます」

 正直に言うとお義母さんが孫、孫と言う度に、孫に関連してどんなにでも酷いことを言う度に、おかしくてたまりませんでした。

 お義母さんの望みが叶う日は決して来ないからです。正隆さんが私と離婚をして、再婚しない限りは無理でしょう。

 そして、お義母さんは正隆さんが私と離婚したいとは思いもしないことに薄々気づいていましたよね?

 結婚する前もしてからも、ずっと正隆さんに収入がないことを、本当はご存じだったのでしょう?

 お義母さんの孫攻撃は私たち夫婦が結婚記念日を重ねるごとに酷くなっていきました。私はそろそろ自分の人生計画について暴露するべきか悩みました。でも、できることならお義母さんを傷つけたくはありません。

 なので、よくよく考えることにしてみました。どうして、お義母さんは孫が欲しいのかを突き詰めてみることにしたのです。


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