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「私の死体を探してください。」   第5話(13話まで試し読み公開中)

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 いつだったかの打ち合わせの日。正隆氏の母親が森林先生のマンションに来た。いつもなんの連絡もなく突然やってくるようだった。

「あら、麻美さん? お仕事? お掃除は大丈夫なの? カーテンはいつ洗ったの? 正隆さんは埃があると咳が止まらなくなるのよ?」

「お義母さん、カーテンは先週洗ったばかりです」

「あらあ。本当に?」

 そう言って正隆氏の母親は、開けてあったカーテンを勢いよく引いて表面を撫でつけてからにおいを嗅いでいた。

 そのネチネチした様子に私の肌には、ボツボツと鳥肌が立ったものだ。
 突然やってきては森林先生のマンションのあちこちをチェックしていた。
 かなりの確率で私と先生の打ち合わせの最中に来ていたので、毎日のように来ているんだということを察した。こんな気まずい場面に出くわすのは嫌だったし、森林先生だって見られたくないだろうと思った。

「先生、打ち合わせはご自宅以外の場所にしませんか?」

 正隆氏の母親が来ていない時に、私がそう提案すると森林先生は困ったような笑みを浮かべた。

「ごめんなさいね。池上さんに気を遣わせてしまって。でもね、私としては、自宅に不在中にお義母さんに入られるより、自宅にいるときにお義母さんを招き入れる方が気持ちは楽なのよね」

「え? それってどういうことですか?」

「お義母さんはこのマンションの合鍵を持っているのよ」

 息子夫婦のマンションに不在なら勝手に入室してしまう母親。ぞわっと皮膚が逆立った。

「え! それっておかしくないですか?」

「おかしい?」

「おかしいと思います」

「そう? でも、お義母さんに合鍵を渡したのは正隆さんだから……」

「返して貰えないんですか?」

「うーん。難しいかもね。私も悪いの。ほら、私は家族というものにあまりご縁がなかったから、これが家庭というものの常識なんですと主張されると弱いのよね」
「でも、それにしたって……」

「いいのよ。仕事をするなともやめろとも言われてないから。仕事が奪われなければ私は平気だから。それに、お義母さんのこと、むしろ楽しんでいる部分もあるし」

「楽しむ? 過干渉をですか?」

「確かに少しおかしいかもしれない……。でも、誰かにここまで関心を向けられたことって、私には今までにあまりなかった経験のような気がするのよね」

「そんな……」

 森林先生の生い立ちについては、インタビューを読んで知っていた。姑の嫌がらせを「関心」という言葉に置き換えてしまう先生の孤独と悲しみを感じて、言葉に詰まってしまった。

 それからは、正隆氏の母親のありとあらゆる奇行を目撃しても沈黙を貫いた。

 そうだ。正隆氏ではなく、正隆氏の母親が森林先生の最後の目撃者の可能性だってある。 私はまだ、間抜けヅラを浮かべている正隆氏に顔を向けた。

「正隆さん、正隆さんのお母さまが一番最近に森林先生に会ったのか確認していただけませんか?」

「母さんに? ああ。分かったよ」

 正隆氏がスマートフォンを操作する。私はいても立ってもいられなくて、リビングのローテーブルのそばで右に行ったり左に行ったりを繰り返した。

 電話が繋がったようで、正隆氏が森林先生が行方不明で、自殺をほのめかす内容のブログを書いていたことを母親に説明すると、一瞬の沈黙のあと、スピーカーにしていないのにも関わらず私にも聞こえるほどの声で母親が怒鳴り散らしはじめたのが漏れ聞こえた。

「麻美さんがいないですって! 困るのよ! 今日麻美さんにお願いしていたんだから!」

「母さん? 何が困るんだ?」

「困るのよ……」

 母親がさめざめと泣きはじめ、正隆氏は動揺していた。

「母さん、なんで泣いてるんだ? 麻美に何をお願いしていたんだ?」

 またしても、沈黙だった。

「母さん!」

「お金よ!」

「は? 金? なんで母さんが麻美に無心する必要があるんだ? 父さんの退職金だって保険金だってあるんだろう?」

 正隆氏が問い詰めると、正隆氏の母親はごにょごにょと不鮮明なこと小さな声で言ったので私にはよく聞こえなかった。

「なんだってそんなことを?」

「仕方ないじゃない。正隆、あなたは退職金だの保険金だのって言うけど、そんなもの無限にあるわけじゃないのよ。あなたが就職したばかりの頃にずいぶんお小遣いをあげたりしたでしょう? 他でもない我が子のためだと思ってお母さん、あなたには惜しまなかったのに、そんな言い方しないでちょうだい」

 過干渉だけでなく金の無心までしていたのか。と私は呆れた。そして、森林先生の安否よりもお金のことしか頭にないのかと軽蔑した。 

 もしかして、森林先生が闘病もせずに自殺を選ぼうとしたのはこの母親も原因なのではないだろうか。

 吐き気のように怒りがこみ上げてくる。

「正隆さん、今はとにかくお母さまに、森林先生を最後に見たのはいつかを尋ねて下さい」

「ああ。分かった」

 お金のことしか頭にない母親をなだめて、正隆氏はどうにか聞き出してくれた。

「一週間前に電話をしたのが最後らしい。最後にあった日は思い出せないみたいだ」

「一週間? そんなに前ですか? 電話だけですか? 私が森林先生の担当になったばかりのころ、お母さま、毎日のようにいらしてましたよね?」

「え? そうなのか?」

 何か違和感がある。とは思ったものの、その正体はつかめず、私は自分が思ったままを話し続けた。

「打ち合わせの時必ずといっていいほど、お母さまをお見かけしたもので」

 自分で言ってみたものの、よく思い返せば、この半年、いや、もっとかもしれないけれど私は正隆氏の母親と鉢合わせていないことに今になって気づいた。

「ああ。そうなのか」

 夫の正隆氏がその母親や私よりも森林先生のことを知らないのではないだろうかと思わずにはいられない返事だった。 

 それにしても、森林先生はどこに行ってしまったのだろう?

 これ以上の心当たりは私には見つけられないかもしれないな。と思った瞬間だった。

 私のスマートフォンのメールの通知音が鳴った。画面を見てハッとする。

「正隆さん! 森林先生のブログが更新されました」

 メールは森林先生のブログが更新された時に送られるものだった。

「どういうことだ?」

「とにかく、読んでみます」

 私は森林先生のブログを開いた。


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