就活ガール#81 次に何が流行するか?
これはある日のこと、休日のゼミ室での話だ。土曜日にわざわざ登校して研究をしている人なんて、アリス先輩しかいない。谷川先生も一応朝はいたらしいけれど、今はフィールドワークにでかけているそうだ。
「それで、今日はどういう相談なの?」
部屋に入るなり、アリス先輩が振り返って話しかけてくる。研究熱心なアリス先輩と違い、俺が休日にここに来る理由なんて、アリス先輩に就活の質問をするときくらいだ。そのことはアリス先輩も重々承知ということだろう。
「今年流行するものは何だと思うかという質問です。」
「変わった質問ね。どういう会社?」
「マスコミ関係の企業です。」
「なるほどね。たしかにマスコミ企業だとそういう質問をしてくる企業は珍しくないと思うわ。それで、どういう風に考えて答えを作ったの?」
アリス先輩が言う『どういう風に考えて』というのは、出題意図を何だと思っているかと、何に気を付けて回答すべきかという意味だ。この二つはどんな質問であっても必ず考えるべきことであり、ここで間違えてしまうとどれだけ頑張って考えても見当はずれの回答になってしまうだろう。
「まず、出題意図は、シンプルに流行に敏感なのかを知りたいんだと思います。マスコミ業界って流行に敏感である必要があると思うんですよね。」
「ええ、それは一つあるわね。ただ、それだけじゃないわ。」
「あとは、難しい質問で学生の本気度を試してるんじゃないかと。マスコミ業界は有名で人気なので、記念受験が多いと思うんです。そういう人たちをまびくために、他社のエントリーシートからは使いまわせないような質問をしてるんじゃないかと思いました。」
「なるほど。それもありそうね。他は?」
「他は特に……。」
「大事なことが抜けてるわね。マスコミは流行に敏感であるべきというのも間違ってはいないけど、そもそも流行を作り出す側であるという事実よ。」
「あ、たしかにそうですね。でもそれって出題意図とどう関係するんですか?」
「これは何に気を付けて回答すべきかという観点ともつながるんだけど、流行が生まれるメカニズムをちゃんと理解できているかということよ。例えばタピオカが流行ったのって、一般人目線だけでいくといつの間にかブームが起きているらしいと報道されて、なんとなく乗っからないといけないというような感じで流行ったっていうぼんやりした印象よね。」
「はい。」
「でも、企業側が意図的に流行らせたとも考えられるし、だとするとどういう風にブーム化に成功したかということを分析すると、次回に別のものを流行らせやすくなるじゃない?」
「広告代理店の陰謀みたいなやつですか。」
「まぁそんなところ。実際のところはわからないけど、どういうロジックで考えたのかっていうのが重要なのよ。例えばタピオカはインスタ映えするから流行ったとか、安価で気軽に買えるから流行ったとか、中国人が日本に多く来るようになったから流行ったとか、そういう話。正解かどうかは正直わからないけど自分なりの分析をするってことね。当然、説得力がある方が有利だわ。」
「なるほど。正しいかどうかというよりも論理的に分析して説明できるかってところが重要なんですね。」
「ええ。じゃあ、そろそろ夏厩くんの回答を見せてちょうだい。」
アリス先輩に促されるまま、スマートフォンに移った回答を見せる。既に話したい内容の中でも十分に守れていない箇所があるので、少し気まずかった。
「なるほどね。」
「これだとゲーム機が流行するという予想に終始してしまっていて、どうやってブームを起こすのかという観点が抜けてしまってますね。」
「ええ、そうね。そこはちゃんと入れないとね。」
「はい。あとは自分なりの原因分析もちょっと弱いのかなと思いました。新型コロナウイルスで人々が家にいるというのはありふれているというか……。」
「うーん。たしかにそうとも言えるけど、ある程度仕方ないと思うわ。それよりも気になるのが、その後に書かれている根拠の方が弱すぎることね。」
「どういうことですか?」
「私の周りはこうだったという話は全く根拠になっていないのよ。調査対象が少なすぎるでしょう?」
「たしかに、せいぜい数人から数十人程度の話です。」
「そうよね。だからこれはむしろ論理的に考えられない人間だと思われかねないと思うわよ。」
「なるほど。ありがとうございます。」
「あとは、そもそもゲーム機というテーマ設定が微妙ね。なんというか、ざっくりしすぎてるのよ。」
「もうちょっと具体的に書いたほうがいいってことですか?」
「そうね。最近のゲームってかなり幅広いでしょう。持ち歩けるやつもあるし、テレビに映すものもある。スマートフォンで無料でできるものもあれば、本体とソフトを買う必要があるものもある。ゲームのジャンルだって色々あるしね。」
「たしかにそうですね。俺は家庭用ゲーム機を前提に書いたつもりですけど、そう書かないと伝わらないリスクがあると思います。」
「ええ。読む人がゲーム機に詳しいとは限らないからね。」
そこまで話して、アリス先輩がパソコンの方を向く。おなじみの高速タイピングですぐに回答例を仕上げ、見せてくれた。
「あ、運動ゲームはいいですね。たしかに流行りそうです。」
回答を見て思わず声を上げる。
「そうよね。まぁ実際は私は別にゲームに詳しいわけではないから間違ってるかもしれないけど、具体的に書くことでたしかに流行りそうだなぁという感じがなんとなくするでしょう? それが説得力があるっていうことなのよ。」
「なるほど。」
「それから、前半で現在の市場についてを分析してるの。潜在的なニーズはあるのにモノがないってことね。」
「『一方で』って接続詞がわかりやすい気がします。」
「いいところに気が付いたわね。『一方で』を使うと二つの事象が対比されてるとわかりやすいから、便利な接続詞よ。市場にまだ目立ったものが存在しない、一方でニーズはある。じゃあ流行る。という風にすればスムーズでしょう?」
「はい。」
「あとは後半でブームの起こし方の方法論を書くの。夏厩くんの回答と同じく中高年も買うだろうっていう内容ではあるんだけど、私の回答の方が主体性が見えるでしょう?」
「はい。」
以前別の質問でも聞いた主体性という観点がまたでてきた。流行るだろうというよりも、こうすれば流行らせることができるという風に書いたほうが、自ら流行を作っていく企業には好まれやすいということだろう。流行に受動的な一般人として『何が流行ると思うか』に答えるのではなく、流行らせる方法をちゃんと考えられているかを聞きたいのだという出題者の意思を読み取ることが求められている。
「そんなところかしら。結局、出題側も学生にプロ並みの分析は求めてないし、本当に高確率でブーム予測ができる人なんて社会人でもいないわ。だから、説得力を見せるのが大事ってこと。そのためにはできるだけ具体的に書くことね。あとは、単なる予想ではなくブームを起こすのだという主体性をみせること。この二つができればこの質問は別に難しくないと思うわよ。」
「ありがとうございます。勉強になりました。」
そういって頭を下げ、ゼミ室を後にする。今回の質問のように、業界ならではの特殊な質問を出してくることはたびたびある。そう言った質問は、その業界でやっていく適性があるかを見極めるためにされることが多いのだ。今回のマスコミ業界の例でいうと、それは『ブームに乗るか ではなくブームを作れるか』ということだろう。
そして、論理的に説明できるか否かも重要である。業界知識や経験がない学生が社会人並みの成果を残すことは難しい。しかし、論理的に説明する能力というものは学生生活でも十分に養えるものだ。内容よりも書き方だということを改めて意識した一日となった。
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