お父さんが死んだ話

4月29日、父が亡くなった。
うっ血性心不全。

人工呼吸器に口の辺りを吸い上げられ、そして緩められる。その繰り返し。
機械が生かしている。そんなふうに見えた。
心電図モニターの数値がどんどん下がってゆく。父に声をかける姉の言葉を聞いて、私は病室でわんわん泣いた。
モニターは0を表し警報音が鳴る。示す波は平らになった。

死ねばいいのに、と思うほど嫌いだった。本当に死んでしまった。
父が死んでも涙も出ない、むしろスっとするだろうと思っていた。
泣いた自分にびっくりした。

厳しく神経質でピリピリしている父だった。
それだけなら私はこんなに畏縮しなかっただろう。
とにかく自分が気に入らなければ感情のままに怒鳴り散らす。
それが怖くて、嫌で、怒られないように先回り立ち回る。嫌なことを言われたくなくて、なるべく視界に入らないようにする。それでも怒られるし意地悪を言われる。
もうどうしろと言うのだと悩み続けた。

亡くなった今、僅かにある遠い記憶の良かったことの方を思い出す。なんと都合の良いことだろう。
心の中で話しかけることが増えた。
返事は私の都合の良いように考えられるから、いつも優しい父、という設定にできる。

「お父さんだってあんたとどう接していいか分からなかったのよ。」と姉に言われた。
お互い探り合いだったのかもしれない。
最後になるとは思わなかった1ヶ月前から、歩み寄ろうとはした。それを拒絶されながらも私なりに探り当てようとした。
でも間に合わなかった。

今は「生んでくれて、育ててくれてありがとう」という言葉も素直には出てこない。思ってはいる、と思う。
綺麗な布に包まれた御骨の入った箱に視線をやるたび、本当に居なくなったんだな…この箱の中に納まるほど小さくなってしまったんだな…。と感じる。

それでも家族皆、毎日毎日泣き暮らしているわけでもなく。
それぞれ仕事もするし、お腹もすくし、テレビを見て笑いもする。日々は以前と変わらず流れていく、ように見える。

私の長い長い闘いは終わった。

父に言われてきた数々の嫌なこと、思い出す度に憎しみを抱いたことを私は忘れないだろう。相手が死者であっても。
それでいいと思っている。

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