見出し画像

読書感想文『少年と犬』馳星周

馳星周『少年と犬』は、第163回直木賞受賞作品です。これまで、私はあまり○○賞受賞作品というものに興味は湧かなかったのですが、うちでも犬を飼っているので、深く考えずに購入してみました。

画像1

本書は、悩みを抱えて生きる人々が登場するのですが、そこには必ず一匹の犬がいます。いる、と言うよりは出会うのですが、最初の物語から最後の物語までノンストップで読んでしまうくらい、まるで内側に秘めた自分の悩みごとが疼いて、でも少しずつ救われていくような、そんな不思議な気持ちになりました。

この本の目次はこのようになっています。

【目次】
男と犬
泥棒と犬
夫婦と犬
娼婦と犬
老人と犬
少年と犬

各章ともに○○と犬といったタイトルであり、先程説明した通り一匹の犬が横断していきます。

さて、ここからは少々ネタバレを含みます。
ご了承くださいね( ˙꒳​˙ )







-------------------------------------

男と犬

主人公は金のために裏の仕事をするひとり暮らしの若い男。彼は宮城県に住んでおり、ある日、一匹の犬と出会います。この犬には首輪があるので飼い犬だろうと思うものの、時期は東日本大震災の後という事もあり、拾い育てることにします。

その犬の名前は『多聞』といいました。

男には、実家に姉と母という2人の家族が居ます。そして、大きな問題を抱えていました。

母の介護問題です。

母は、東日本大震災後の避難所生活によるストレスから、比較的症状は軽いものの若年性認知症を患っていました。面倒は姉が見ていますが、もちろん介護は大変なものです。姉の暗い姿や、母の悪化していく姿を見て、男は拾い犬の多聞を連れていくことにしました。

多聞を見た母は、自分が幼い頃に飼っていた犬と重ね、まるで少女に戻ったかのように、笑い、外出し、久しぶりの家族という形に心が解されていき、男は多聞は"守り神"だと思います。

そんな家族を守るべく、男は危険な仕事に手を出す事にします。家族を支えるためにお金が必要だったからです。

男は、泥棒の逃走を手助けする仕事を始めました。仕事の時には、必ず多聞を連れていくのです。泥棒も、何故犬が居るのか気になるのですが、男が"守り神"だと言うと、納得するのでした。

そうやって仕事をし稼いだお金を、男は姉に渡します。姉は、金の出処を疑い何か危ない事に手を出していないか、男の身を案じますが、男はひた隠しにしました。姉に心配をかけて、負担になりたくなかったからです。

そういった日々を過ごしていましたが、結局男は多聞を"手放す"ことになります。ただ、泥棒に盗まれた訳ではありません。

しかし、多聞が次に渡って行ったのが、この"泥棒"のもとになり、「泥棒と犬」は宮城県を出ることになります。

-----------------------------

「男と犬」の章では、

日本大震災後の避難所生活によるストレスから若年性認知症を患った母をもつ家族と苦労

に焦点が当てられています。

その後の各章も、それぞれが抱える問題と犬と出会った人がどう向き合うのかがえがかれていきます。

震災直後と犬

実際に起こった東日本大震災が書かれている分とてもリアリティを感じると共に、それがテーマとして取り上げられた本は沢山ありますが、この本は震災当時ではなく、震災後に焦点を当てています。

多聞が登場するのは宮城県で、その震災を経験して渡っていくのですが、多聞はずっと、とある方向を見続けています。何人目かの飼い主は、多聞にマイクロチップが埋め込まれていたことから飼い主の存在について知り、連絡を取ろうとするのですが取れません。そんななか、最後に"少年"と出会うことになります。

多聞が何を見つめているのか。多聞が最後、どうなってしまうのか。

多聞の行く末を、ぜひ見守ってはいかがでしょうか。

悩みは人それぞれ

前述の通り、震災で被災した多聞は人から人へ渡ることになりますが、多聞と出会う人々は泥棒や夫婦など、他の人達が「男と犬」の家族のように、震災による悩みごとが描かれているかと言うと、そうではありません

泥棒には、自分の生い立ちの悩みごと。
夫婦には、夫と妻それぞれの悩みごと。
娼婦には、男の悩みごと。       etc.....

それぞれにはそれぞれの悩みごとがあり、一匹の犬と出会うことで、物語は動いていきます。

犬がセラピー的な存在として出会い解決していくのでは?と思い読み進めたのですが、そんな簡単なものではなく、正直悶々としながら読みました。

私自身も実家に犬がいます。そして、犬は人間の表情をよく見ているという事や、自分が信頼している人間の匂いを覚えている事を知りました。

私にも悩みがあるので、実家に帰ると多分表情が暗いのでしょう。自分では普通にしているつもりですが、犬にはすぐに分かるのでしょうね。私が自室に行くと、必ずついてきて、ずっとそばに居ます。ずっとです。

また、誰かがひとりでいると、黙ってそばにいます。そして、じっと顔を見るのです。

多聞も、「男と犬」で男が"守り神"と思ったように、出会う人間にとって、不思議でかけがえのない存在として描かれます。

様々な悩みを抱える人々に寄り添いながら、多聞は何を考えているのか、思いを馳せるのもいいかもしれません。

まとめ

『少年と犬』は、各章の登場人物たちのそれぞれの結末があり、人間側から見ると一匹の犬と出会い自身の悩みと向き合っていく話になりますが、一方で犬側から見ると、宮城県から人から人へ拾われ渡っていく犬の行方が一貫して描かれた話になっています。

そして、最後には多聞の謎が回収され、本書タイトルの意味も分かります。

ぜひ、このふたつの視点それぞれから、本作品を読んでもらいたいです。



この記事が参加している募集

推薦図書

読書感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?