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僕らは奴隷にはならない(ドキュメンタリー「ウィンター・オン・ファイヤー:ウクライナ、自由への闘い」を観て)

自らの無知を恥じる、今日この頃。

ドキュメンタリー作品を観たからといって、ウクライナやロシアのことに詳しくなるわけではないのだけど(それくらいで「詳しくなった」と勘違いする方が危ない)。

どちらかというと「居ても立っても居られない」というような思いで、Netflixで配信されている「ウィンター・オン・ファイヤー:ウクライナ、自由への闘い」を観た。

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国民へのEU加盟の約束を反故にした、当時のヴィクトル・ヤヌコーヴィチ大統領。平和裡に行なわれていたデモ活動を、武力で押さえつけようとしたことから端を発した、いわゆる2014年のウクライナ騒乱を描いた作品だ。

幸いなことに、と言うべきだろう。

日本で生まれ、育った僕には、戦争や武力紛争に対する具体的なイメージを持つことができない。終戦から今年で77年。過去の過ちを自分ごととして捉えるのは非常に難しい。

作品で流れているのは、本当の「血」だ。フィクションではない。

戦争や武力紛争の実情が生々しく描かれており、平和にどっぷり浸かっている僕にとって衝撃を受けるようなシーンの連続だった。

なので、注意して観てほしい。しかし、なるべくたくさんの人に観てもらいたいと思う。

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作品の中で何度も出てくるのが、「ベルクト」という特殊部隊だ。

Wikipediaによると、ウクライナ内務省管轄の民警とのこと。どうやら警察や軍隊とも違う組織で、当時は、内乱やテロリストに対処するための組織だったようだ。

ウクライナの人たちも「彼らは何者なのか?」ということを知らなかったようで、鉄棒で殴打されたり、砲撃を受けるたびに「なぜ、同じウクライナ人に攻撃するんだ?」と訴えている。(同じような訴えを警察官に対して行なった際は、警護にあたっていた警察官に動揺が見られた。つまりベルクトの役割や信念は、一般的な警察とは異なるものだといえる)

どうやらウクライナも、西部と東部では一枚岩ではないようだが(そうでなければ親露派のヤヌコーヴィチが選挙で選ばれるわけがない)、そういった国内事情を別にして、ベルクトに属する人たちの残虐さは異様だ。

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もし日本で同じような圧政が行なわれたとき、僕は立ち上がることができるか?

問われる態度に、僕は即座にYesと言えそうにない。

ウクライナでも抗議デモに参加しない多くの国民がいた。100万人という「多そうな」数字が目立つものの、参加しない人たちも一定数いることが伺われるシーンがある。国の危機が目の前に差し迫っていても、生命や身分の剥奪のリスクがあれば、「闘う」ことを諦めてしまう気持ちも理解できなくはない。

だからこそ、自由と人間の尊厳を求めて戦った人たちの勇気には感服してしまう。

「死ぬのは怖くない。
僕らの自由を守るためだ。
ここで勝てばウクライナは自由世界の一員だ。
僕らは奴隷にはならない」

同じ国で、なぜここまで言わしめるのか。愚かな政治家の罪は重い。

この作品では、ロシアのことはそれほど描かれていない。しかし事実を紐解けば、ウクライナ騒乱の後、ロシアによるクリミア半島併合、ウクライナ内でのいくつかの武力紛争が発生している。

いま、ロシアの武力を前に、ウクライナの人々はどんな気持ちだろうか。

僕らは奴隷にはならない」。

その切なる想いに何もすることができない無力さを感じてしまうけれど、とにかく、ひたすら彼らが平穏の日々を取り戻せることを祈っている。

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(Netflixで観ることができます)

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