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確かな一人称小説、そしてクイズの深淵さを描く。(小川哲『君のクイズ』を読んで)

『地図と拳』で注目を集めた小川哲が、「クイズ」をテーマに著した中編小説。「クイズ」という身近でありつつも、深淵な世界をカジュアルな語り口で描いている。

『君のクイズ』
(著者:小川哲、朝日新聞出版、2022年)

クイズプレイヤーの頂点を決める、テレビ番組「Q-1グランプリ」。生放送の決勝戦に出場した主人公・三島玲央が対峙するのは、東大医学部4年でテレビにも多数出演する本庄絆。最終問題で、一文字も問題が読まれぬうちに早押し回答で正解を出し優勝を果たした本庄に、三島は「なぜ正解に至ったのか」を考えていく。 

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本作の面白さは、ふたつある。

ひとつめは、主人公の心的描写だ。この小説に出てくる登場人物は極めて少なく、基本的に主人公・三島の心的描写が綴られていくのみだ。回想シーンで本庄の言動も描かれるのだが、軸にあるのは三島の心のうちだ。

僕は自分が富塚さんに対して口にしたことを思い出す。
世界は知っていることと知らないことの二つで構成されている。
クイズに正解したからといって、答えに関する関する事象をすべて知っているわけではない。ガガーリンの「地球は青かった」という言葉を知っていたとしても、ガガーリンが見た地球の青さがわかるわけではない。
むしろクイズに正解することは、その先に自分がまだ知らない世界が広がっていることを知るということでもある。ガガーリンの言葉を知っているおかげで、僕たちは宇宙から見た地球の青さを想像することができる。

(小川哲(2022)『君のクイズ』朝日新聞出版、P134〜135より引用)

思い出すのは、冒頭に挙げた小川の代表作『地図と拳』だ。

複雑なストーリーを、確かな筆致で淡々と書き上げる。理路整然とした書き方は、『君のクイズ』においては芯の通った一人称小説として成立せしめている

考えてみれば、本作で事件は「たったのひとつ」しか起こっていない。あらすじで書いたように、クイズ大会の最終問題で“ヤラセ”を疑うような速攻回答がライバルによって為されただけ。SNSの喧騒はいくぶん描かれたものの、人間は忘れやすい生き物ということで、あっという間に当事者である三島以外は本件に関心すら持たなくなってしまう。(これはある意味で、現代社会への皮肉ともいえよう)

ただ三島は執拗に、「本庄の回答は、実は“ヤラセ”ではなく“実力”によるものだったのではないか」と仮説を立て、検証を繰り返していく。それを全て一人称で書き切っていくのは、中編小説というフォーマットとはいえ至難の業といえるだろう。

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ふたつめは、クイズという世界の深淵さだ。

誰しもバラエティ番組で、クイズに回答するプレイヤーの“絵”は見たことがあるだろう。「なんであんなに早押しできるのか」と驚くことも少なくない。

だが、言葉は悪いが「たかがクイズ」ということで、番組自体は消費の域を超えない。しかし小川は、クイズの世界が実に奥が深く、プレイヤーは「知識」の他に、記憶の掘り出し力なるものも磨きながら勝負に挑んでいると本作で示したのだった。

クイズには「確定ポイント」というものがある──いや、正確には「ある」とされている。
確定ポイントとは、問題文の中でクイズの答えが確定するポイントのことだ。問題が読まれる前、無限に存在していた選択肢は、問題が読まれるにしたがって選択肢の数を減らしていく。そしてどこかのタイミングで一つに絞られる。

(小川哲(2022)『君のクイズ』朝日新聞出版、P74〜75より引用)

七回目に再生したときに、僕は些細なことに気がつく。
最終問題で「問題──」と口にしたあと、問い読みのアナウンサーは息を吸い、次の言葉を発しようと口を閉じていた。
日本語を発音するとき、口を閉じるのはマ行とバ行とパ行だけだ。本庄絆はゼロ文字でボタンを押したが、一文字目の僅かな情報が存在していた。

(小川哲(2022)『君のクイズ』朝日新聞出版、P168より引用)

クイズが頭脳戦であることは、何となく知っていた。

しかし頭脳の良し悪しを問うだけでなく、駆け引きやズバ抜けた観察力を要することが本書では記されている。

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マラソンランナーも、「速いランナー」と「強いランナー」の2種類がある(らしい)。

その強さの真髄を僕は言語化できないが、間違いなくいえるのは「勝負に勝てる」ランナーが強さを有するということだろう。

同じように、クイズの世界にも「強さ」が存在する。いや、クイズに限らず、「強さ」を武器にする(あるいは、こだわる)職業人も存在するのだろう。

どこに勝負の“場”を置くかどうかは、当人が決められるはずだ。僕は強さを有しているだろうか。そもそも勝負の“場”をきちんと設定できているだろうか。

主人公・三島は、最後に「ずばり、クイズとは何でしょう?」という問いを立てた。その答えは実に凡庸だったけれど、案外、本質というのはそんなものかもしれない。フィクションとはいえ、人生を賭けた問いを垣間見る機会を得たように思う。

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