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読み継がれる名著は、常に反省を促してくれる。(オルテガ『大衆の反逆』を読んで)

オルテガ『大衆の反逆』は、タイトルが秀逸だ。

読み手である僕は、加害者なのか、被害者なのか。

僕は大衆に含まれるのか。

タイトルは「問い」の形式ではないものの、読む前から何かを問われている気持ちになる。(原典『la rebelion de las masas』のタイトルを、ほぼ日本語に直訳したのが『大衆の反逆』となる)

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読み継がれる名著とは、常に、読み手に対して反省を促してくれる。

例えば、マルクス・アウレーリウス『自省録』。暴君にもなり得るローマ皇帝という立場でありながら、常に自らの頬を殴るかのように反省を繰り返している。

お前が何か外にあるもののために苦しんでいるのであれば、お前を悩ますのは、その外なるものそれ自体ではなく、それについてのお前の判断なのだ

お前の内を掘れ。掘り続ければ、そこには常にほとばしり出ることができる善の泉がある

同じようなことを、何度も何度も、繰り返し自らに言い続ける。自分が完全でないことを悟り、善であろうとするリーダーの苦悩が痛いほど伝わってくる。

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その姿勢は、オルテガ『大衆の反逆』にも通じている。

そもそもオルテガ自身が、右にも左にも与していない。言行一致を図るため忖度せずに発信しているから、敵も多い。全方位で恨まれ、命を狙われ、故郷を離れて亡命を試みる。

そんな彼のテキストは本質を突いていて、今を生きる僕らへの指針(あるいは警句)にも繋がっている。

大衆とは、みずからを、特別な理由によって──よいとも悪いとも──評価しようとせず、自分が<<みんなと同じ>>だと感ずることに、いっこうに苦痛を覚えず、他人と自分が同一であると感じてかえっていい気持になる、そのような人々全部である。
(オルテガ『大衆の反逆』P9より引用)
すなわち、われらの時代は、すべての過去の時代よりも豊かであるという奇妙なうぬぼれによって、いやそれどころか、過去全体を無視し、古典的、規範的な時代を認めず、自分が、すべての過去の時代よりもすぐれ、過去に還元されない、新しい生であるとみなしていることによって、特徴づけられるのだ。
(オルテガ『大衆の反逆』P46〜47より引用)
一般大衆はパンを求めるのだが、なんと、そのやり方はパン屋を破壊するのがつねである。
(オルテガ『大衆の反逆』P68より引用)
だからこそアナトール・フランスは、愚か者は邪悪な人間よりも始末が悪い、といったのだ。つまり、邪悪な人間はときどき邪悪でなくなるが、愚か者は死ぬまで治らないからだ。
(オルテガ『大衆の反逆』P82より引用)

身が引き締まるほど、パンチのあるテキストが並ぶ。

愚か者にだけは決してなりたくないというような。

そしてパン屋を破壊してきた大衆が、今は何を破壊しているのか。考えると絶望してしまうほどだ。

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NHK「100分de名著」では、解説を務めた中島岳志さんは以下のように自戒している。

さらに、オルテガが面白いのは、この大衆の原型とは、いわゆる庶民ではなく「大学の中にいる専門家である」と言い出すところです。これは我々学者にとって耳の痛いところですが、『大衆の反逆』を執筆した当時、オルテガはマドリード大学の教授でしたから、自分の同僚のことも批判していることになります。特に理系の科学者を、「大衆的人間の原型」であると強く批判しました。
(中略)近代では、科学分野を中心に極端な専門化が進行し、自分の専門のことしか知らない学者が増えている。そうした専門家は、特定の事象が起こる要因を単純化単一化し、複雑な思考を怠る傾向があるとオルテガは言います。
(100分de名著:2019年2月 オルテガ『大衆の反逆』P30〜31より引用、太字は私)

これは現代に至るまで痛烈に批判していることでもあるように感じる。

ジョブ型雇用やジョブディスクリプションが注目されている中で、「俺はこの領域しかやらない」「この仕事は自分のタスクではない」と割り切ってしまう状況が増える懸念がある。

不確実性の高い世の中で、行き過ぎた単純化や単一化といった割り切りは、個人や企業のクリエイティビティを毀損するかもしれない。

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かく言う僕自身も、良かれと思って発信していることが、よほど見当違いである可能性もある。

現在起業準備をしているのだが、事業を推進していくためのコンセプト(問い)の立て方が、本当に正しいのかは自信がない。

たぶん、これからもたくさん悩み、疑うことだろう。

だが、こういった「自信のなさ」が、オルテガ的には貴族的だと評するかもしれない。

思想とは、真理にたいする王手である」というオルテガの言葉は、人間はいつまで経っても途上に過ぎないという、あまりに強烈なメッセージだ。

何かを追求、探求する者にとって苦難であることを示唆している。

ゆっくりと時間をかけて、たっぷり反省をしながら、僕自身を磨いていきたい。大衆の反逆に逆らうような強さとしたたかさを、いつか身につけたいと思っている。

──

*おまけ*

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