見出し画像

戦争によって、「いるべき場所」から追われる人々を描くこと(映画「世界が引き裂かれる時」を観て)

毎日新聞で歌手・加藤登紀子さんと、ジャーナリスト・池上彰さんの対談記事が掲載されていた。

その中で加藤さんが言及されていた映画が、「世界が引き裂かれる時」。2014年7月に起きた、マレーシア航空17便撃墜事件が下敷きになっている。この事件はウクライナ東部のドネツク州で起こったが、映画はそれがロシアによるウクライナ侵攻の「序章」だったと物語る。

渋谷のシアター・イメージフォーラムで鑑賞、戦争の無慈悲さをまざまざと思い知らされた。

*

映画は、慎ましく暮らす夫婦の家に、突如、穴が空くことから始まる。

その土地では親ロシア派と反ロシア派が対立し、親ロシア派分離主義勢力の誤射によって、夫婦の住む家の壁に大きな穴が空いてしまったのだ。

夫はどちらの派閥にも属さない。その姿勢が「中途半端」と見なされ、周りの住民からぞんざいに扱われる。車を好き勝手使われたり、飼育していた牛を食肉として提供しろと言われたり。ギリギリ人間としての尊厳を保てていたのは、愛する妻が妊娠していたから。主人公のイルカは出産を1〜2ヶ月後に控えていたのだ。

イルカの弟は、そんな姉を放っておけない。

イルカを安全な地域(親ロシア派がいないところ)へ逃がそうとするも、イルカは家の修復にこだわった。その行為を愚かだとみる向きもあるだろう。しかし僕は、東日本大震災にて避難指示区域となり故郷を追われるも、故郷への帰還にこだわった人たちの姿を思い出した。「もう故郷なんて捨てて、新しい場所で暮らせばいいのに」と冷笑する世間をよそに、自分の故郷を守ろうとした人たち。自分の家と、地域とで差はあるものの、彼らが「いるべき場所」にい続けようと決断する様子は共通していたように思う。

しかしそんなささやかな願いは戦争によって、ビリビリに引き裂かれた。

「引き裂かれた時」とある通り、ラスト15分、本当に彼らの暮らしはビリビリに引き裂かれてしまったのだ。

そしてその現実は、過去のものでなく、今も現在進行形として進んでいることに、心が痛む。

*

公式パンフレット冒頭には、このように記されている。

ウクライナ戦争の始まりを描く
2014年7月17日にアムステルダムからクアラルンプールに向かう旅客便が、ロシア国境近くのウクライナ・ドネツク州の上空で飛行中に攻撃され、乗員乗客あわせて298人もの命が奪われたマレーシア航空17便撃墜事件。本作は、現在も続くウクライナ侵攻の前段階にあたるこの出来事を背景に、ウクライナ東部の親ロシア派と反ロシア派が対立する緊張感を描いている。撮影は2020年、ウクライナ南部オデッサ地方で行われた。劇中で主人公の弟ヤリクを演じたオレグ・シェチェルビナほか一部の出演者と撮影クルーは、本作製作後、ウクライナ防衛のために軍の任務に就き戦っている。

(「世界が引き裂かれる時」公式パンフレットより引用)

映画に関わる人たちは、言うまでもなくクリエイティブな才能を有している。それが巨匠と呼ばれる人でも、修行中の身であっても、普通の人にはつくれない作品をつくろうと奮闘しているわけだ。

だが、彼らがいま関わっているのは、作品ではなく「戦争」そのものだ。

確かに僕は、ロシアのウクライナ侵攻がなされた後に、成人男子が国を守るために徴兵され、戦地に赴いているという報道を目にしたことがある。それはつまり、映画のキャストやスタッフが、戦地で戦っていることを「知っていた」はずだという現実を突きつける。知っていたはずなのに、知らないフリをしていた。というか解像度が低くて、戦っている人たちの顔を想像することができなかったのだ。

改めて、ロシアのウクライナ侵攻は本当にひどいことだし、1日も早い解決(ロシアの撤退)を望みたい。こんな日々に慣れてはいけないのだ。

──

上映されている劇場が限られているのが、非常に残念。

東京在住、在勤の方は渋谷のシアター・イメージフォーラムで鑑賞できますので、ぜひご覧になってみてください。

#映画
#映画レビュー
#映画感想文
#戦争
#ウクライナ
#マレーシア航空17便撃墜事件
#世界が引き裂かれる時
#マリナ・エル・ゴルバチ (監督、脚本)
#スヴァトスラフ・ブラコフスキー (撮影)
#ズヴィアド・ムゲブリー (音楽)
#オクサナ・チャルカシナ
#セルゲイ・シャドリン
#オレグ・シチェルビナ
#毎日新聞
#加藤登紀子
#池上彰

この記事が参加している募集

#映画感想文

66,387件

記事をお読みいただき、ありがとうございます。 サポートいただくのも嬉しいですが、noteを感想付きでシェアいただけるのも感激してしまいます。