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図書館ウォーカーに誰でもなれるわけ

新聞(陸奥新報)の連載エッセイ「図書館ウォーカー」で一番大事にしているポイントは「誰でも同じことができる」だと思っています。

ほんのひとときのお楽しみをご提供するための気楽な旅エッセイなのですが、いっぽうで「図書館にもっと興味を持ってもらいたい」とか「本を借りたり読んだりしなくても図書館に行っても楽しめることを知って欲しい」というような裏コンセプトがあります。

なぜそういう裏コンセプトを設けているかというと、僕が元・公共図書館員だからです。ここから少し回り道をさせてください。

図書館ウォーカーを書いているわけ

図書館員の仕事自体はやりがいがあったものの、業務委託下での職場の環境は正直言ってあまり良くなく、受託会社の契約社員として対価が労働に見あってないと思いました。まあ、全国の非正規導入図書館あるあるだと思います。僕の体験は特に珍しいものではありません。

このジレンマを抜け出すために人が採る方法は様々だと思います。ある人は非正規から正規になって自分自身の権限、できることを増やすんでしょうし、図書館の役割や価値について啓蒙・発信する人もいるでしょう。本が好きだとSNSなどでアピールするなどもその一環かもしれません。

僕がずっと考えていたのは、図書館にあまり興味も知識もない人にちょっとだけでも関心を持ってもらえないだろうかということです。結局のところ、近年の公共図書館における諸問題というのは「ほとんどの人が図書館に関心がないから」生まれていると言ってもいいからです。

多くの人にとって、興味のない業界がどうなろうが知ったこっちゃないし、とりあえず本さえ無料で貸してくれればいいよって感じなんだと思います。その無関心のしわ寄せが非正規図書館員など、主にあまり待遇の良くない現場の人に来ています。

ただ、図書館の価値について専門的な視点から説くのはもともと図書館が好きだったり関心があったりまたは図書館関係者に「だけ」刺さる傾向があり(あくまで個人の感想です)、あえて言うならばエコーチェンバー的な感じになってしまう危険性があります。

また、図書館員としてのキャリアがそんなに立派でもないし、図書館学をちゃんと勉強したわけでもない僕にそれほど専門的なことが書けるはずもなく、そういう役割を担っている人もすでに多くいらっしゃいます。

僕がやりたいのは、何の関心もない人に少しだけ図書館という存在に目を向けてもらうことです。もう少し裾野を広げたい。それがめぐりめぐって図書館業界の底支えにつながるのではないか。そう考えました。

そこで考えたのが旅行記と図書館情報を融合したエッセイ「図書館ウォーカー」です。現状、図書館に興味がある人はほとんどいなくても(泣)旅が好きな人はたくさんいます。僕なりに、そういう人たちにアピールすることならできるのでは。

個人的に「本が好きな人、あつまれ!」的なアプローチで図書館に興味を持つ人を増やしていくのは若干頭打ちかなとも考えていて(あくまで個人の感想です)、まあとにかく、僕が目をつけたのが「旅」というコンセプトだったわけです。回り道終わり。お疲れさまでした。

図書館ウォーカーに誰でもなれるわけ

ここで大事になってくるのが「再現性」です。僕は車が運転できないので基本的に移動は徒歩と公共交通機関のみ。ごくたまにレンタサイクルやタクシーも使いますが、ほとんど歩くか電車かバスです。

これはなんだか不自由なようですが、逆に考えれば何の資格も要らないということでもあるんですよ。

運転免許は、安くはないお金と少なくない時間をかけ取得し、一定以上の年齢に達していなくてはならず、かつ一定以上の年齢だと安全の観点から最近はいい顔をされず、しかも継続のための手続きやお金がかかる。考えてみれば「車で旅行」というのはそれらの壁を乗り越えてきた、選ばれた人たちの特権なのです。

一方で電車やバスは運賃さえ払えば誰でも乗れます。だから僕が図書館ウォーカーで書いている旅というのは基本的に誰でも同じことができるんです。

もう一つ大事なのは、僕が連載で紹介しているのは基本的に「無料で誰でも利用できる」施設ばかりです。公営私営問わず、貸出の可不可も問うていません。ただシンプルに、旅行者がふらっと立ち寄ってみたり、ちょこっと所蔵資料を読ませてもらったりができるところだけを取り上げています。

これもまた「再現性」にこだわった結果です。ほんとうに、公共交通機関の運賃しか必要ないのです。それ以外に資格も条件も必要ありません。子どもでも可能なんですね。これは同時に、公共図書館がオールウェルカムな施設であることの反映でもあります。

誰でも利用できる図書館に、誰でもできるやり方でたどり着く。

そういう裏コンセプトを設けることによって、図書館に対する精神的なアクセシビリティを確保したい狙いもありますし、実際に真似して同じような図書館ウォーカー旅をやって欲しいとも思っています。

たとえばこれがプロアドベンチャーレーサーの田中陽希さんのグレートトラバースとか、沢木耕太郎さんの深夜特急とかのチャレンジ精神旺盛な旅だと真似するのは二の足を踏みますよね。

基本的に旅エッセイものは「興味はあるけど、自分ではできない旅」を描いたものが多いように思うのですが、僕の図書館ウォーカーは反対に「誰でもできる旅」であることを大事にしています。そこは従来の旅エッセイとは少し違うかもしれません。

僕の最終的な目標は、これまでユーザーでなかった人たちに図書館という存在に興味を持ち、旅先、ひいては自分の地元の図書館に足を運んでもらうことです。だから図書館ウォーカーは誰でもなれるのです。

図書館ウォーカーする時に気をつけたいこと

以上のように図書館ウォーカーは誰でもできるハードルが低い趣味ですが、僕も個人的に気をつけているし、実際にみなさんにも留意していただきたい点がいくつかあります。これらは、僕の元・図書館員としての経験も反映されています。

1)カメラを図書館員に見えないところにしまって入館しよう

上で図書館は誰でも無料で利用できるオールウェルカムな施設だと書きました。大変残念なことですが、これはイコール「不審者、よからぬ輩も気兼ねなく入館できる」ということでもあります。ストーカー、性的な嫌がらせをしてくる人、とにかく難癖をつけたい攻撃的な人、まあとにかくいろんな奴らが来るんです。

だから図書館員はいかにも怪しい人、変な行動をとる人の存在に目を光らせているし、すごく神経をとがらせています。単に「ルールだから」というにとどまらず「他の利用者に危険が及ばないようにする」使命もあるのです。

基本的に図書館は館内の撮影は「許可制」のことが多いです。対応は館によりますが、撮影はご勝手にという図書館はほぼ皆無と言っていいでしょう。特に利用者が写っている写真は御法度で、「誰々が図書館を利用している」と利用者個人を特定できるような記録は禁止です。

あまり知られていないことですが、図書館は利用者の個人情報を守ることに対してものすごく厳しい基準があります。「○○さんはよくあの図書館を利用している」というような「利用している事実」すら、図書館が守るべき個人情報に入ります。

予約していた資料が届いた際に、電話に出た家族に勝手に「息子さんが予約していた壇蜜の写真集が届きました」と伝えない、とかも大人の配慮ではなく(笑)同じ精神から設定された図書館ならではの業務ルールです。

というわけで許可制とは言え、利用者を写さないことなどを充分留意して撮影してもらわないといけないですし、ちゃんとした撮影であることを確認もしないといけない。対応が大変です。正直、図書館側としては館内撮影の申し出はあまり歓迎してないです(あくまで個人の感想です)。

という「中の人」事情を知っているので図書館に入る時は、旅行中使っているコンデジを図書館員さんの目に触れないよう、必ずポケットやリュックの中にしまうようにしています。図書館員としては、カメラをぶら下げたまま入館してくる人を見たら警戒心がわきます。

まあ、公衆トイレに入る時の配慮と同じような感じと思ってもらえればいいかもです。カメラ持ったまま入れませんよね。

もちろん許可を得たら「撮影中です」のカードなんかをもらって撮らせてもらえる館もあります。どうしても館内を撮影したいなら、まずはカメラをしまって入館し、撮影についてどういうルールになっているのかしっかり確認しましょう。

自分が図書館員だったからという理由もありますが、基本的に僕はできるだけ訪ねた館の図書館員さんの迷惑にならず、手間もかけないように心がけています。

僕の図書館ウォーカー取材は、図書館外観など撮っても差し支えないものの撮影と館内をぐるりと見て回るだけの、一般利用者とほとんど変わらないもの。話を訊いたり館内撮影の許可を自分から願い出るようなことはやらないようにしています。

もう一点大事なのは、スマホ撮影やSNS投稿が当たり前になった今、逆に「写真を撮らないで目の前のものを楽しむ時間」がほぼなくなったようにも思うんです。図書館はあえて言うならばそういう時間が存在しうる環境なんです。たまにはシャッター押すのやめて、楽しんでみませんか?

2)訪ねた図書館や街をバカにしないようにしよう

ライターとして大事にしているのは、「辺境」「秘境」「僻地」という言葉を使わないようにするということ。理由は、そう呼ばれている土地にも毎日を暮らしている人がいて、固有の文化や環境があるからです。

旅先について過度に憧れや幻想を持つことは避けたいですが、いっぽうで「当たり前の敬意」くらいは払いたいと思っています。

地方の街を訪ねた紀行エッセイやウェブまたはSNSの投稿などを見ていてしばしば目につくのが「人が全然いない」「何もない」「ぼろい」「さびれている」といった、よく考えれば都会から来た人にとっては当たり前の感想だったり、「今○○線に乗ってるが、乗客オレだけwww」的なバカにした感じのもの。

それはおそらく事実なのだろうし、偽りのない正直な感想と言えばそうなのでしょう。ただ、そうやって書いたことには必ず「書かれた側」の人や土地が存在することを忘れてはいけないように思うのです。

これは対象が東京などの都会でも同じです。「人が多すぎ」「なんか臭い」「人間が住む環境じゃない」「冷たい感じがする」とかテンプレ表現ですが、都会に住んでいるみなさんはそう言われたり書かれたりして嬉しいですか? 田舎だったらそれをしてもいい、というのは違いますよね。

僕は基本的に、書く時は書かれた側が嫌な気持ちにならないような表現を心がけるし、できるだけ「面白いところ」「良いところ」を見つけて帰りたいと思っています。それがたとえ、一瞬だけ立ち寄る旅行者の薄っぺらい好意であったとしても、です。

図書館についてもそれは同じです。建物はぼろく、「ちゃんとした」図書館員も配置されておらず、蔵書は少ない。地方に行くと確かにそういう図書館もありますが、それはやはりそういう部分しか見ようとしていないからだと思います。

別に「なんか雰囲気が良かった」とか「かかってるカーテンがかわいかった」のようなふわっとしたことでもいいのです。あくまでも自分自身にとって何かしら良いと思える部分を積極的に見つけたい、という視点を持ってする旅のほうが楽しい体験になると思うのですが、いかがでしょう。

3)訪ねた土地で、ほんの少しでもいいのでお金を使おう

上で、公共交通を利用するのは「旅の再現性」を大切にしているから、と書きました。それともう一つ重要な理由があります。

旅をしていると、観光名所と呼ばれたり「映える」と評価が高い場所に来る人のほとんどが自家用車での訪問であることに気付きます。特に顕著なのが「鉄道」や「駅」だと思います。

ローカル線になると本数が少なく、いちいち乗っていたら撮影したい場所への訪問が容易でないことはわかります。ただ、鉄道の運営には莫大なお金がかかります。乗客が少なくなればいつかは廃線になってしまうかもしれません。

鉄道を愛しているのなら、路線維持のためにもきちんとお金を落として欲しい。乗っている列車の窓から、自家用車で撮影に来ている「撮り鉄」の人たちを眺めるたびにそう思っています。

僕が公共交通を利用するのは「再現性」や車が運転できないということだけでなく、それによってほんの少しでもその街に列車を走らせる鉄道会社にお金が行くからです。

同様に鉄道やバスを降りて図書館に行くまでの間、積極的に「地元の何か」を探すようにしています。近くの海で獲れた魚を使ったレトルトのおかずとか、地元産のくだものを使ったドリンクなど。おみやげとして持って帰るのもいいし、その場で楽しむのもいい。

街歩きをしていると事前のリサーチでは知りえなかった名産品に出合うことも多々あります。そういうものを積極的に見つけたい、地元のものにお金を使いたいという視点を持つか持たないかは、その街の散歩の充実感を左右すると思っています。

また「行ってみたらそんな名産品があったよ」とか「あれがおいしかった」などの情報、思い出を持ち帰ることも、長い目で見てその土地の益につながるのではないでしょうか。

図書館ウォーカーの旅は、ふつうの旅プランの中に図書館というチェックポイントを設けることによって「ちょっと寄り道」することに価値を見いだしています。図書館に行くことはイコール、その街を散歩すること。だからわざわざ公共交通を使うのです。その時間の中で、できるだけその土地の良いものを見つけたい。そう思っています。

とは言え、僕の場合はしょせん必要経費に限りがある貧乏旅行。なんでもかんでも買い込むわけにはいきませんし、よく考えたら公共交通ではなく地元のタクシー会社で1日借り切って遊ぶ方がよっぽどお金を使うことになるのですが、そこをケチってなるべくタクシーを使わないようにしているのはやはり矛盾してはいます。そのへんはいつも悩みどころです。

というわけでした。最後のほうは図書館ウォーカー云々は関係なく、おそらく多くの旅好きさんが心がけていることかもしれませんが、書いているわけ、誰でもなれるわけ、気をつけたいこと、それぞれに自分なりの考え方を反映しながら、今日もまた図書館ウォーカー取材旅を続けています。

これからもオラシオの図書館ネタ、ご期待ください。そしてみなさんも旅先や地元の図書館を訪ねてみてください。
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