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短編: 心に息吹を感じてほしい

 俺はテーブルの上に広がる一枚の便箋を見つめている。
 淡いクリーム色の紙は柔らかな朝の光を吸収したかのような温かさを持ち、窓から差し込む光が紙の表面を滑らか照らし、束の間の静かな安らぎをもたらす。

 手紙でキンクマの思い出を増やそう。
俺が仕事で留守の間にキンクマが読んでくれたら、
少しは気が紛れるかもしれない。

 子どもの頃、初めて自分の手で書いた手紙を思い出す。祖母と過ごした穏やかな時間や青空の下の無邪気な声に重なる声。
 そうした記憶が俺に新たな決心を灯したが、同時に失ったものへの切なさも伴っている。

 俺には底が見えない不安が渦巻いて、ペンを手に取ると指先は震え、言葉が出てこない。
 心で何かが叫んでいるのに表現することができない。果たして何を書くべきなのか、迷いの中にいる。

 深呼吸するとコーヒー豆を挽いた香りと横を通る人の柔軟剤の匂いがする。
俺は再びペンを握り直す。
 最初の一文字が紙に触れた瞬間、何かが解放されるような感覚が広がった。

 言葉が流れ出す。亡くなった遥香のこと、海での楽しい思い出そして今日までの時間。
 感情が文字となって現れるたび、心の重みがキンクマと共有できるようで少しずつ軽くなっていく。

 時折涙がこぼれ落ち、紙の上に小さな滲みを作る。それは痛みや喜びの証だと思う。
 くだらないことへも笑うキンクマやこの1年に対面した人が人としての尊厳の在処。
 そしてそれらが終わったときの喪失感が閉めたドアの音みたく頭に響いている。

 俺は紙がただの道具ではなく心の一部であると実感する。言葉が生き、俺の思いを届けたい。
手紙はキンクマと俺の過去と現在を繋ぐ架け橋だ。

 最後の一言を書き終え、深く息を吐いた。
胸にあるもやもやが晴れ、少しだけ軽くなった気がした。
 便箋の上には俺自身が映し出されている。
また新たな物語が始まることを期待しながら手紙を正方形に折っていく。
 
 窓の外では桜が紅葉し、手紙を読んだキンクマに新しい希望の息吹を感じてくれと二通目を書き始めた。