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小説: ペトリコールの共鳴 ⑫

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第十二話 手探りで明日を探索


ハムスターの僕が家屋内難民になって2ヶ月が過ぎようとした頃、タツジュンが愛羅と出掛けたまま帰宅しない、愛羅だけが帰ってきた。

僕がこの家に来て初めてタツジュンが帰らない。

遥香が白い箱になった日でさえマンションから真っ黒の服を着て、そして戻ったのだから何かおかしい。

タツジュンは僕に構わないようでも朝晩のご飯やお水のチェックはしてくれていたので、タツジュンの身に何らかのアクシデントがあったのではないか容易に想像できた。

そして、愛羅が家で誰かと通話している。

明らかに誰かを侮蔑した抑揚のない口調と雑言、
左手で襞がついたスカートを気にしながら
「男ってどいつもこいつもバカばかり」
鼻息を荒くした嗤いを立てながら
「マジで⁈ これだから使えない」
「はいはい、撤収して事務所へ直行するわ」
「分かってるよ、アンタもウザい」

タツジュンと居た愛羅とは別人の第三の人格を見たような気がした。
総理大臣の隠し子と自称する割には品位がない。

愛羅はスーツケースを寝室から運ぶと荷造りを始めた。
もしかするとタツジュンの居場所へ行くかもしれない。そうじゃなくても居場所のヒントぐらいあるかもしれない。

僕は愛羅が無造作に置いたトートバッグへ入り込み、底まで潜って愛羅の撤収を待った。



臭いとは、するものではなく侵入してくるんじゃないかと思った。
人工的な芳香と目や鼻などの粘膜を刺す悪臭で、愛羅が事務所とやらに到着したのが判る。

「乙です」覇気のない声の愛羅へ「乙です」
愛羅より若干張りのある高い声が返ってきた。外の様子はバッグの中からでは声や臭いしか伺えない。

「梨子さん、DMの内容」紙がしなる音がする。
「ふ〜ん。爺さん頑張って食いついてますなぁ」
愛羅が“りこ”の名前で会話をしている。愛羅は何者なんだ⁈

「ねぇ、最近あたしの出張増えてない?
シフトどうなってんのよ。早紀は働いてんの?」
「早紀ちゃんまた風邪ひいて。風邪で出張は……」「また?引っ張り出せば?」「ドタキャンしますよ」

「そういえば、今日のアイツは?」
「辰巳さん?アイツは懺悔部屋でいい子してましたよ。エサをやってもおとなしくして」

……やっぱりここにタツジュンが居る。詳細はよく分からないが生存確認が取れたのは収穫だ。
早くタツジュンを救出しよう、それにはどうすればいいのだろう。
今まで観て来た動画や映画を思い浮かべる。遥香との対話を振り返る。きっとどこかに答えがあるはずで諦めるわけにはいかないと自分を鼓舞した。


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