見出し画像

小説: ペトリコールの共鳴 ⑤

←前半                  後半→

第五話 僕は人と話がしたかった


 飼い主のタツジュンが外食に連れて行ってくれる。
 
 リュックサックのポケットに入れてもらえたハムスターの僕は、地下鉄から電車に乗り換え揺られている。

 ビルが目立つ景色から、今は一軒家や駐車場や畑が目を流れてゆく。
 
 タツジュンはリュックを窓に沿わせ枕代わりに眠り、僕はメッシュのポケットから生の緑を追っている。


 僕は人間の言葉を理解し話せるハムスター。
亡くなった遥香の生まれ変わりじゃない。遥香が僕へ言葉を教えてくれ話せるようになった。

 ペットショップに居た頃から、外が明るくなって世話をしてくれる人が集まってきたら、
「おはよう」陽が暮れて灯りが消えると、
「お疲れ様」「おやすみ」は、様子と音が一致して覚えていた。

 僕たちがご飯を食べると「可愛い」寝ていても「可愛い」そうか、これは可愛いという音なんだ。
しかし遥香はご飯を「ご飯」、食べるを「食べる」、食べ終わると「ご馳走様」
様子、動作は音に伴い言語を細分化していく。

 僕がキュッという。遥香はマンゴーという。
遥香を真似て、口や舌の動きを駆使するとマンゴーに近い音が僕から発音できた。

 動画に出てくる九官鳥や犬猫が人間を真似て話すように、人間に寄せていくと褒めてくれるので一生懸命に工夫した。

 一般的にハムスターの知能指数は人間の赤ちゃん並みだと遥香は言ったが、僕はハムスターにも個体差があると信じて練習を重ねた。人と話がしたいだけを望みに。

 遥香は仕事を辞め、家から出ない日が増えた。
ベッドに横へなる時間まで増えて、仰向けのままで僕を話し相手にし、モニター越しに動画を閲覧する。
 そうして語彙や知識が身につき、リンゴみたいな形の丸を押すとpcに電源が入り、使い方まで覚えていった。

 僕がしっかりした言葉が言えたのは「ありがとう」が最初で、それは遥香が入院して白い箱になって帰ってきた夜だった。

 動画で死ぬとは白い箱になるのを観て、人間も犬も猫も目を瞑り、花に囲まれた後、白い箱になる。

 遥香が死んで、タツジュンが号泣して白い箱を前にテーブルへ伏せ、
それを見て僕の悲しいが胸から込み上げた。悲しいが、遥香の言っていた「ありがとう」になった。

 もう遥香に会えないから、お話できないから、
いっぱい僕を可愛がってくれたから
悲しいが「ありがとう」、口へ突いて出た。

 ありがとうが言えるようになると単語が繋がって言葉へなっていった。遥香が教えてくれたように
遥香が笑っている遺影へ
「大丈夫だよ。タツジュンには僕がいる」

 車窓へ緑が巡りくる。下水道の闇とは比較にならない幅広い川はトタン板みたいな乱反射。
僕は外食のことは忘れ、風景を見入っていた。