記事に「#ネタバレ」タグがついています
記事の中で映画、ゲーム、漫画などのネタバレが含まれているかもしれません。気になるかたは注意してお読みください。
見出し画像

文…寺山修司 絵…下谷二助『かもめ』

 「もしもあの時ああしていたら…」という後悔を抱えている方の胸に刺さる本。


 ※注意
 以下の文は、結末まで明かすネタバレを含みます。
 未読の方はご注意ください。


 この物語に登場するおじいさんは、かつては少年でした。

 少年は、少女と恋をしていました。

 しかし、ある日。

 少年は船出を決めて、少女に言いました。

 どこにも嫁になんていくなよ、来年には戻るから、と。

 けれど…。

 その約束は果たされませんでした。

 少年は、航海先の小さな島に住み着いたのです。

 戻るには、あまりに貧し過ぎたから。

 少年はその島で仕事につき、お金を稼ごうとしました。

 しかし、少女へ便りを一つも出さぬまま、日々は過ぎてしまい…。

 やがて、少年はその島の娘と結婚しました。

 そして、おじいさんになったのです。

 おじいさんはその島の燈台の一番高い部屋で、すばしっこく青空を飛ぶかもめを見ては、想像します。

 少年がいなくなった後に少女が生きた日々を。

 おじいさんが想像する少女の日々は悲惨です。

 少女は少年と約束した通り、誰にも嫁がず待ち続けました。

 何年も何年も何年も何年も何年も。

 ずっと待ち続けました。

 青い海と白いさざなみの絵を描きながら。

 何度めかの誕生日。

 少女の住む町に、かもめが飛んできました。

 少女は、少年がかもめになって飛んできたとでも思ったのでしょうか?

 喜んで、かもめを見ようと家の外へ出ました。

 けれど、かもめは銃で撃ち殺されてしまいました。

 かもめは、もう死んでいるというのに、今も飛ぼうとしているかのように翼を広げていました。

 少女はその姿を誰に重ねたのでしょうか?

 少女は酒を飲み、踊り、泣きながら笑い、酔いつぶれてしまい、水夫たちのなぶりものにされました。

 そして狂ってしまいました。

 少女が描く絵はかもめの絵に変わりました。

 ある日、少女は岩壁から海に飛び込んでしまいました。

 両手を広げて飛び込んだのです。

 まるで、飛び立つかもめのように。

 …それがおじいさんの想像。

 おじいさんは思います。

 きっと現実はこんな風になってはいないだろう、と。

 少女は自分との約束を守らずに、とっくに誰かと結婚しているだろう…と。

 けれど、そう思おうとするおじいさんの心を、「もしかしたら」が掠めていきます。

 「もしかしたら」は消え、生まれては消え…。

 おじいさんは少女の幸せな日々を願い続けます。




 以下はわたしの想像ですが。

 もしかしたら、おじいさんはこれまでに何度かは便りを出そうとしたのではないでしょうか?

 けれど、便りを出して、もしも返事がきたら?

 逆に、もしも返事がこなかったら?

 それを考えると、おじいさんは便りを出すことが出来なかったのではないでしょうか。

 わたしはおじいさんが行ってきた数々の選択を愚かだとは思いません。

 長旅に出る前に恋人へ「どこにも嫁にいくなよ」と言うなんて、とても残酷だと思うけれど。

 無事かどうかの便り一つもよこさないなんて、すごく身勝手だと思うけれど。

 自分から手放したくせに幸せを祈るだなんて、筋が通らないとは思うけれど。

 理解は出来ます。

 人の感情って、理屈じゃどうにもならないから…。

 きっとおじいさんは、今回に限らず、人生の様々な折にふと、「もしもあの時どうにかして戻っていたら…」と想像してきたのではないでしょうか。

 けれど、時は戻せません。

 絶対に。

 そう自分に言い聞かせて、その時は納得して、でもやはり考えたのでしょう。

 おじいさんに限らず、きっと誰もが、そんなどうにもならない感情を胸に秘めながら生きていくのでしょう。



 〈こういう方におすすめ〉
 「あの時ああしていたら…」という後悔を抱えている方。

 〈読書所要時間の目安〉
 30分くらい。

いいなと思ったら応援しよう!

G-dark/本好きの頭の中
いつもスキ・フォロー・コメント・サポートをありがとうございます😄 とても嬉しくて、記事投稿の励みになっています✨ 皆さまから頂いた貴重なサポートは、本の購入費用に充てさせていただいています📖

この記事が参加している募集