今朝は、やかんを磨いた。
5時には目が覚める。
特に目覚まし時計は使わない。
自然と朝がわたしを起こしにやってくる。
布団の上でストレッチをしてから起きあがる。
1階へ降り、水をひと口飲んでから、やかんでお湯を沸かす。
ヨーグルトを小さなガラスの食器に入れる。
そこにバナナをごろっと切って入れる。
上からハチミツとカルダモンをかける。
大学生時代から使っているさくらんぼ柄のマグカップにインスタントコーヒーを入れる。ここでぐんっと背伸びする。すーっと朝が体をかけめぐる。
お湯が沸いた。
マグカップに注ぐ。
湯気とともにコーヒーのいい香りが立ちこめる。
いつもどおりの朝ごはんの風景。
今日も一日がはじまる。
ここからスクワットしたり、ジョギングにいったりと体を動かすことが日々の活動だが、最近はここに「調理器具を慈しむ」時間が加わった。
なんて、かっこいい言葉を使っているけれど、ただ単に、調理器具をピカピカになるまで磨くのだ。一気にやろうとすると疲れてしまう。ここはコツコツが肝心だ。毎日1つ、何かしらの調理器具をピカピカに磨こう。そう決めた。
まずは、卵焼き用のフライパン。
明日は、一番よく使う鉄のフライパン。
それからそれから、中華鍋。
1日1つずつ、ピカピカになっていく。
気持ちが良い。とても。
今日は、やかんを磨いていた。
そう、やかんを。
すると、突然、わたしの心におばあちゃんがやってきた。
母方の祖母だ。ここは、おばあちゃんと呼ばせてほしい。
2019年の秋。おばあちゃんが亡くなった。
わたしが台湾から帰ってきた日のこと。
帰国後の一杯だ!と、お酒を楽しんでいたら、実家から電話がかかってきた。「おばあちゃんが、さっき、亡くなった」って。
泣いた。
明朝、すぐに地元に帰った。
小さい頃、わたしは、おばあちゃんおじいちゃんっこでね。2人がわが家に遊びに来て、帰る時、両親にバレないように車にこっそり乗り込んで、おばあちゃんとおじいちゃんの家に行ったものだ。バレバレだったのだと思うけど。とにかく大好きだったのだ。おばあちゃんとおじいちゃんのことが。
おじいちゃんは、わたしが幼稚園の頃に亡くなった。わたしがはじめて経験した‘死‘だった。その時は、寂しさより、怖さに襲われたことを覚えている。
そして、ついにおばあちゃんとの別れもやって来てしまった。
上京してからというもの、実家に帰るのは正月くらい。おばあちゃんに会うのもその時くらいだった。年々、老いていく姿は愛おしくもあり、なんで、わたしは、こんなに大好きな人と離れて暮らしているのだろう…いつか、お別れが来てしまう、もしかしたらそれはもうすぐかもしれない…そんな複雑な気持ちに毎回襲われていた。
おばあちゃんとの想い出はたくさんある。
おばあちゃんが作るポテトサラダと、それを応用したコロッケが大好きだった。夏に作ってくれた紫蘇ジュースは夏休みの楽しみだった。粕汁は大人の味すぎて、苦手だった。柿にヨーグルトをのっけてレンジでチンしてシナモンをかけて食べる、そんなハイカラなデザートも作ってくれた。
たまにはケンカもした。
わたしが一生懸命集めていたシールのコレクションをゴミだと思われて捨てられた日にゃ、ものすごい勢いで泣いて怒った記憶がある。
「キライ」だなんて口走ってしまったこともあると思う。
それでも大好きだった。
いつの日だろう。
わたしに何かの節目がやって来た時のこと。
卒業かな、何かで受賞した時だったかな。いや、誕生日かな。
よく覚えていないのだけど、とにかく、何かしらの節目だった。
おばあちゃんが手紙をくれたんだ。
「あなたはコツコツがんばる努力家さんだね。輝いているよ。エライ。
わたしも、毎日、やかんを磨けば、ピカピカになるのにね」
これだけ。
鉛筆なんて普段持たないのに。
慣れないことしちゃってさ。
普段は、例え話とかするタイプじゃないくせに。
頑張って、継続すること/努力することを、「やかんを磨く」という、料理好きな自分にひきつけた例えを考えたんだろう。
素直に嬉しかったよ。
それに、いやいやいやいや、あなたの方がよっぽど輝いていますから!!!
毎日ピカピカのやかんですから!!!
と思った。
わたしはどちらかというとズボラだし、努力家なんてすばらしい肩書きで称されるに値しないと思うのだが…おばあちゃんからの手紙は、今でもわたしを支えてくれている。
「毎日、やかんを磨けばピカピカになる」
そう、今朝も、やかんを磨いていて、この言葉が降りてきたの。
ポキっと心が折れそうな時、「わたしなんか…」という言葉に支配されそうになる時、手を止めそうになる時、歩くのをやめちゃおっかなと思う時、いや、無理、これは登れん!という壁が立ちはだかった時、どうしようもなく泣きたくなった時…この言葉に助けられる。
そうだ、磨こう。
コツコツと磨こうって。
おばあちゃんの棺には、わたしが好きなひまわりをいれた。
秋だったからさ、なかなか見つからなくて探しまわったよ。
そういえば、おばあちゃんって、何の花が好きだったんだろう。
そんなことも、わたしは知らなかったのか…。大好きなくせに。
だけど、ひまわりはとっても似合っていたよ。
明日は、お気に入りの赤くて大きな鍋を磨こう。
そしてスープでも作ろうかな。
春野菜をたっぷりいれて。
おばあちゃんの料理の腕にはまだまだ届かないけど、さ。
【プロフィール】
中村翔子(なかむら・しょうこ)
本屋しゃん/フリーランス企画家
1987年新潟生まれ。本とアートを軸にトークイベントやワークショップを企画。青山ブックセンター・青山ブックスクールでのイベント企画担当、銀座 蔦屋書店アートコンシェルジュを経て、2019年春にフリーランス「本屋しゃん」宣言。同時に下北沢のBOOK SHOP TRAVELLERを間借りし、「本屋しゃんの本屋さん」の運営をはじめる。本好きとアート好きの架け橋になりたい。 バナナ好き。本屋しゃんの似顔絵とロゴはアーティスト牛木匡憲さんに描いていただきました。https://honyashan.com/
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