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小指

 あと少しだけ、頭を疲れさせれば眠れる。そう感じるとき、お世話になるのが短篇小説だ。
 長編小説を採用すると、続きが気になって読み進めてしまったとき、朝日を浴びることになる。徹夜の読書も、それはそれで魅力的ではあるけれど、日々の快適な読書生活を考えるなら、適切な睡眠は欠かせない。

 先日も、睡眠への導入剤として、一冊の短篇集を取り出した。坂木司の『何が困るかって』。この著者の本を手に取るのは、今回が初めてである。
 何を読もうかと目次を開くと、やはり気になったのは、表題作にもなっている「何が困るかって」。坂木司の作風、短篇集全体のテイストなど、何一つ事前情報を持ちわせていない以上、とりあえず気になる作品にあたってみるしかない。
……こうして、私は睡眠への導入に失敗した。

 本作は調理のシーンから始まる。ニンジン、タマネギ、椎茸を鍋に入れ、コンソメキューブと一緒に煮ていく。
 今のところ、展開を見通せる材料は特にない。うっすらと眠気のある頭でそう思いながら、二ページ目に進む。

「精進料理っぽい味気なさを補うため、トマトを入れよう。そう思って、上の戸棚から缶詰を取り出す。イージーオープンのフックに指をかけようとして、ふと気づく。何かが足りない。
 小指だった。
 右手の小指が、なかった。
「あれ?」
 まさかと思ってもう一度床をよく見てみると、隅の方にウインナーのようなものが転がっている。」
坂木司『何が困るかって』東京創元社、P198)

 ギェッ……。突然のショッキングな記述に、思わず変な声が出た。生々しい描写に小指が疼くので、くねくねさせながら、自身のそれは無事であることを確かめる。
 不気味なのは、自身の小指が欠け落ちているにもかかわらず、それに動顚することのない主人公の冷静さ。しまいには、小指を拾い上げて、「これは、生ゴミだろうか?」と悩んだ挙句、三角コーナーに放り込んでいる。「右手の小指がなくなったところで生活に支障はない」。こんなことを呟いたりもする。

 なるほど、こういうテイストの短篇なのか……。明らかに読むタイミングをミスったなとは思いつつ、すでに眠気は吹き飛び、頭は好奇心でいっぱいになっていた。
 結果、収録作品18篇中、その半分を一気読みしてしまったが、特に後悔はしていない。




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