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内田百閒の"桃太郎"

 私は、SNSのアカウント名を「本ノ猪」としているくらい、動物の「イノシシ」が好きな人間である。
 このことは、友人や知人にも公言していて、時折「イノシシ見つけたよー」といって、ぬいぐるみやポスターのイラストなど、街で見かけた「イノシシ」を撮って送ってきてくれる。
 また、「イノシシ」が登場する小説や、「イノシシ」に特化した科学書など、「イノシシ」にまつわる書籍についても、情報を提供してくれる奇特な友人もいる。

 今回は、その友人が紹介してくれた一冊の本について取り上げてみたいと思う。


 奇特な友人の名はN(イニシャル)といった。彼とは、単位も取得できる学外講義で知り合い、何度か寺院巡りをともにしたことがある。ここ1、2年は一度も会えておらず、時々思い出したようにSkypeで通話するくらいの関係である。
 ある時、友人Nから、「本読んでたら、イノシシ出てきたわ」という連絡がきた。完全に「イノシシコレクター」として認知されているなと少しニヤニヤしながら、「おー、ほんとに?」と返信する。すると「ほんまに。読んでみてー」という言葉とともに、数秒遅れてから、著者名とタイトルが送られてきた。

内田百閒・桃太郎

 「も、ももたろう……?」と目が点になる。桃太郎って、あの桃太郎だろうか? 気になってしまい、友人Nに訊ねると、「読んでみれば分かる」という一言が返ってきた。


 内田百閒の「桃太郎」は、小説家・小川洋子の編集した『内田百閒アンソロジー』(ちくま文庫)に収録された一篇である。
 どんなストーリーなのか。部分部分引用しながら、簡単に中身を紹介していきたい。

 物語の冒頭は、私たちがよく知っている昔話「桃太郎」と同じである。
 昔々あるところに、お爺さんとお婆さんがいる。ある日、お婆さんが川へ洗濯をしに行くと、上手の方から大きな桃が流れてくる。その桃を持ち帰って、夫婦二人で食べようとすると、ひとりでに桃が割れて、中から赤ちゃん(桃太郎)が出てくる。

 ここから、通常の「桃太郎」とは違うストーリーが展開していく。該当箇所を引用してみたい。

「お爺さんとお婆さんは、びっくりしたはずみに、桃太郎が生れた後の桃の実をたべる事など、すっかり忘れてしまいました。そうしてお爺さんとお婆さんが、あんまりうれしくて、二人で大きな声を出したものですから、裏の森の中でひるねをしていた猪が目をさましました。」(『内田百閒アンソロジー』ちくま文庫、P251〜252)

 「あっ、イノシシだ!」、思わず声があがる。イノシシが登場する桃太郎を初めて読んだ、と興奮しながら、読み進めていく。

「猪は、大きな欠伸をしながら、起ち上がりました。いつも静かなお婆さんとお爺さんのおうちが、大へん騒がしいので、不思議に思って、裏口からそっと覗いて見ますと、おうちの中には、可愛らしい赤ん坊が、元気な顔をして、手足をぴんぴんはねておりました。」(『内田百閒アンソロジー』ちくま文庫、P252)

 イノシシの目線から、桃太郎を迎えた老夫婦の睦まじい様子が描かれる。また、「いつも静かな」という一文は、イノシシと老夫婦が同じ地域を共有する生活者であることを示している。

「お爺さんとお婆さんは二人で交りばんこに赤ん坊をだっこしては、よろこんでばかりおります。その傍に、それはそれはおいしそうな桃の実が、真中から二つに割れたまま、ころがっているのを、二人ともすっかり忘れている様子でありました。
 猪はその桃を見て、長い鼻をひくひく動かしながら、お爺さんとお婆さんが赤ん坊に気を取られている隙に、先ずその半分の方を大急ぎで食べてしまいました。後の半分は口にくわえたまま、どんどん森の中に逃げて帰りました。」(『内田百閒アンソロジー』ちくま文庫、P252〜253)

 物語はこのあと、残りの半分の桃の行方を語って、幕を閉じる。なんと内田百閒の「桃太郎」には、犬も猿も雉も登場せず、桃太郎が鬼退治をする場面もない。ただただ桃が食べられていく過程が描かれる、なんとも平和な物語だった。

 大好きなイノシシが登場するから肩を持つわけではないが、こういう「桃太郎」も悪くないと思う。
 みなさんはどうだろうか。


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