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第一印象

 私がはじめて耳にした「ボブ・ディラン」という言葉は、高校時代の友人の口から発せられた。
 彼は、Red Hot Chili Peppersのコピーバンドを組むほどの音楽好きで、洋楽の歴史からゴシップにまで精通していた。
 ある日の昼食時、友人に「ボブ・ディランとか聴く?」と訊ねられる。私は聴く・聴かない以前に、その名前すら聞いたことがなかったので、「ごめん、その名前はじめて聞いた」と正直に答えた。
 「これだから、最近の若いやつは……」と口にする友人は、私と同い年である。呆れられても、知らないものは知らない。「どんな人なの?」と質問するほかなかった。

「ボブ・ディランの大きな業績の一つは、ビートルズの4人にマリファナを勧めたことかな」

 マリファナ……は? 友人の言葉を、一度では呑み込めない。ドラッグを勧めたのが業績……? 友人は何を言っているのだろう。
 この瞬間、私にとっての「ボブ・ディラン」像は決定的なものになった。「ドラッグのおっさん」というイメージが、頭に刻みつけられたのである。
 その後も、「ボブ・ディランがマリファナを勧めなければ、誕生しなかった作品がたくさんある」と友人の説明は続いたが、ほとんど耳に入ってこなかった。

 次に「ボブ・ディラン」という名前と再会したのは、2016年である。彼はこの年、ノーベル文学賞の受賞が決定し、界隈をざわつかせていた。
 報道に接しての、私の最初の感想は、「あっ、ドラッグのおっさんだ」である。友人の顔も、頭に浮かんできた。
 その頃すでに本好きとなっていたため、「ボブ・ディランの本でも読んでみるか」と思い立つ。当時は、手軽に入手できる本が少なくて苦戦したが、次第に関連本の刊行も増えていったので、機会をみては著作や評伝本を手に取った。

 私のお気に入りは、『ボブ・ディラン インタビュー大全』(DU BOOKS)。本書には、1961年から2016年までの、ボブ・ディランの「発言」が収録されている。インタビュアーの問いをあしらう発言も少なくないが、時折垣間見える音楽観や人生観は大変興味深い。
 一つ、今でも印象に残っている、彼の発言(1965年)を紹介したい。

「実際に聴いてくれる人はもともと同意見を持っていた人だろう。わからない人を聴く気にさせることはできない。共感できないものを聴く人なんていない。"これを聴いて、これを見てから僕は変わったんだ……"って実際に口走る奴がいたら見てみたいね。人はいつだってそんなふうに変わるわけじゃないぜ。」
ジェフ・バーガー編、湯田賢司訳『ボブ・ディラン インタビュー大全』DU BOOKS、P45)

 「確かにそうだ」と頷けもするし、「本当にそうだろうか?」と首を傾げたくもなる意見だ。
 たしかに私たちは、自身の趣味嗜好にあわせて、数ある書籍、音楽、映画等の中から、特定の作品を選んで楽しむ。ボブ・ディランの言葉を借りれば、「共感」できる作品を。
 ただ作品との出会いは、それだけに限らない。ファーストコンタクトは散々なものであっても、回数を重ねていくことで、次第に好きになっていくことはある。
 私の場合、ボカロ曲がそれにあてはまる。
 仲の良い友人に、明らかに自分の好みとは合わないボカロ曲を勧められる。渋々聴いてみると、やはり肌に合わない。ただ、その「一度は聴いた」という経験が、他の様々なボカロ曲を聴くハードルを下げて、「試しに聴いてみよう」という思いにさせた。当然受けつけない曲もあったが、普通にメッセージに「共感」する、お気に入りの曲とも出会えた。
 もし第一印象にゆだねて、今後は聴かないでおこうと決めてしまっていたら、私はお気に入りの曲に出会えなかったことになる。時間をじっくりかけることで、ようやく好きになれる曲もあるのだ。

 通販サイトや動画サービスを利用する際、私たちの前には、アルゴリズムによって選び抜かれた「お気に入り」の商品や動画が並ぶ。それに浸ると確かに心地は良いが、好みは先鋭化し、味わえる作品の幅はますます狭くなる。
 アルゴリズムに、またボブ・ディランの発言に抗うためにも、時間をかけて少しずつ好きになっていくという経験を、大切にしたい。



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